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034 騙し合い 決着

「毒か」


「そうですね」


 俺の何気ない一言にティグが同意した。色々複雑な感情が渦巻く。


「止めを刺す、短剣を貸してくれ」


「どうぞ」


 ティグは何も考えずに狩猟で使う短剣を差し出した。俺は一見無防備だ。ティグの視点では俺を殺す最高のチャンスだったはず。


 俺は大熊が最後の悪あがきをしないか気を付けながら近づいた。死ぬまで待つのが安全だが、あの毒で死ぬか分からない。しばらく苦しんで復活されたら本当に打つ手が無くなる。幸い毒の効果で目の焦点が合わず、身体も小刻みに痙攣していた。俺は覚悟を決めて大熊の首筋に短剣を刺し、全体重を掛けた。ティグもそれを見て俺に抱き着いて体重を掛けた。


「グォ……」


 苦しみながら大熊が最後の抵抗を試みるも、既に動けなくなっていた。しばらくすると「バキッ」という音と共に大熊は息絶えた。


「何か折れたか?」


「少なくとも私の短剣は折れたみたいです」


 半分辺りで折れた短剣を残念そうに見るティグ。


「大事な物か?」


「ええ、まあ。成人した時に長老の孫娘に貰ったんです。この大熊を殺すのに役立ったと知れば許してくれますよ、ね?」


 俗に言う幼馴染らしい。


「どうだろうな?」


 ティグの色恋沙汰を聞いて急に冷めて来た。俺の前世とクロードの記憶にそんな甘酸っぱい出来事は無かったぞ!


 しばし大熊を見下ろして無言になる。俺のそっけなさ以上にこのデカブツを倒したという事実がやっと浸透してきた。


「罠餌に毒を混ぜるとはティグもえげつない」


「……あ、ああ。そうなんです。途中で毒キノコを採取していたのでそれをちょちょっと」


 嘘が下手過ぎる。


「そうか。ティグの機転のおかげで救われた」


 でもそれが事実だった事にする。今更あの集落に帰って長老を殺すか? そうしたら集落は冬を越せずに離散する。集落の人間を全員殺せば俺が冬を越すのに必要な食糧が手に入る。だが一緒にテーブルを囲んだトビー達や一緒に死闘を潜り抜けたティグを殺す気にはなれない。だからあの弁当に毒なんて最初から入っていなかった。


「それほどでも」


 ティグは気まずそうだが話を合わせるだけの分別はあった。


「肉を食えなくなったな」


「欲張っても良い事はありません」


「同意する。だが毛皮は大丈夫だろう?」


 生き残るためには綺麗ごとを言っていられない。肉が食えない? 毛皮が痛んだ? 俺たち二人が無傷で生き残った事に比べれば些事だ。


「毒は肉を駄目にしましたが、毛皮なら素早く剥げば大丈夫です」


「頼めるか?」


「この短剣だと痛みますよ?」


 折れた短剣を見せながら言う。アイテムボックスにはもうちょっとまともな短剣が入っているが、取り出す気は無い。


「構わん。この状態だとどっち道高値は付かない」


 流民と言う事でぼったくられるのが落ちだ。


「分かりました」


 そうやってティグは毛皮を剥ぎだした。


「ティグ、頭はそのまま首から断て」


「家にでも飾ります?」


「俺じゃない。貴様が飾れ」


「ええ!?」


「話は後だ。まずは毛皮だ」


「は、はい!」


 一時間以上悪戦苦闘しながらティグは毛皮を剥いだ。大熊をひっくり返すのに俺まで手伝う羽目になったりと疲れるが実りある時間だった。


「結構穴と傷だらけだが、綺麗な部分もそこそこあるな」


「ですね。普通の熊の毛皮だったらこうは行きません」


 売り物としては余り良くないが、日常使いする毛皮のコートくらいにはなりそうだ。今の俺なんて穴だらけのボロ着だから何を着ても暖かく感じる。


「ならこの毛皮は報酬として貰っていく」


「勿論です」


「頭と爪は譲る」


「良いんですか?」


 俺が爪を全部取ると思っていたティグは驚いた。集落がやったことを考えればそれくらい主張出来る。


「爪を売れば肉を買える」


 だが食糧事情が厳しい集落だ。大熊を倒したのに肉が手に入らなかったらティグに不満が集中する。大熊を倒して集落を救った英雄なんて空腹の前にはすぐに忘れられる。この爪があれば集落の者たちに食糧を買い与えられるし、ティグは次の春先までは感謝される。


「ありがとうございます!」


 そう言いながらティグは必死に爪を切り取る作業にせいを出す。


「ティグの作業が終わったら俺は行く。一人で村に帰れるな?」


「村に帰らないんですか?」


「招かれざる旅人は静かに去るだけだ」


「……」


 ティグは作業の手を止め、押し黙った。ティグは純粋だが愚かな男ではない。もう全部分かっている。


 だから俺が最後の一押しとして口に出した。


「ティグ、貴様が毒罠で大熊を倒したんだ。この物語によそ者の席は無い」


「でも!」


「好きな子が居るんだろう?」


「それが?」


 俺の予想外の話題に一瞬理解が追い付かない。それとも恋バナを真剣に聞いていたのを知られて恥ずかしかったか?


「集落を滅ぼさんとした大熊を倒した狩人はトロフィーを恋人に捧げれば良いんじゃないか」


「あっ! それなら長老が認めてくれるかも」


 やっとティグの中で繋がったか。


 俺もずっと疑問に思っていた事にある程度説明がついた。集落でのティグの扱いが成人男性のそれとは違うのは長老が孫娘との結婚を望まなかったからだ。そもそもあの集落の住人は自由民か農民か農奴、それとも逃亡奴隷か。長老は自由民だ。少なくとも自由民と言い張らなければラディアンドかデグラスの庇護下に入る交渉は出来ない。外から移民を取っていないと言う事はあの集落で生まれた二世と三世が大半だ。税を納めていれば親の身分を継承できようが、あの貧困ぶりでは無理だ。


 じゃあどうするか? 俺と同じ流民扱いすると税収が入らない。農奴か奴隷落ちが領主に取っては楽だが、集落の者がそれを認めるだろうか? そこは村長となる長老の手腕次第だ。あの有能な長老が村長なら農地の大きさで農民と農奴に分ける。孫娘の夫なら農民にするだろう。だが若いティグが良い身分になるのを反対する古参は多い。孫娘が美人か分からないが、領主の愛人にした方が村に利益がある。


 あの大熊の首があればそう言うのを諸々吹き飛ばせる。その上でティグが男を見せるか。


「認めさせろ! 貴様は一人前の狩人だ。実績は出来た、後は自信を持て」


「は、はい!」


 ティグは涙を流しながら俺が見えなくなるまでお礼を言い続けた。あれでは本当に集落に帰れるのか心配になって来るが、ティグは一人前だ。俺が心配する事も無いだろう。俺は足早に集落から遠ざかった。長老が俺を始末するために二の矢、三の矢を用意しているかもしれない。

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