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032 騙し合い 狩人

 ティグとは軽い雑談をしながら森を歩く。くだんの熊は村から北上して二時間から三時間の距離をうろついているらしい。この近辺の植生からもう少し東から流れて来たのではと聞いた。


「あの長老があそこの開拓を主導したのか」


「父が生まれる前からと聞いています」


 となると40年前くらいか? そして熊がここまで集落に近づいたのはこれが初めてらしい。


「そろそろ村になるか?」


 一代開拓して目が出なければ引き上げるのが普通だ。集落では自給自足出来るか怪しい。村になって初めて自給自足出来る芽が出る。その際に村に領主が出来たり税金を多く取られるようになる。それ込みでも村の方が集落より生活しやすい。王を名目上の頂点とする社会システムに組み込まれるメリットは莫大だ。


「そういう話はさっぱり」


 ティグとしては村になって欲しいみたいだが、彼はそう言う話には参加できないみたいだ。集落と言う小さな集団で成人男性が意思決定機構の外に居るのは珍しい。決定権が無くても聴講権くらいは普通にある。


「少し住人の数が少ないか」


「増やそうとはしているみたいですけどね」


 ティグが遠くを見つめながら言う。この話題でこれ以上聞いても答えは帰って来ないだろう。


 会話が途切れ無言で歩く。時たまティグが地面に手を置いたり、折られた枝を確認する。俺では何をやっているか理解できないが、どういう所を見ているのか頑張って覚えた。スキル習得までにはならないだろうが、スキル持ちがどう考えて行動するか知る事は重要だ。


「やはり獲物の数が減っています」


「熊に取っては嬉しくない事態か」


「このままだと冬眠するために人を食いに来ます。あっ、長老がそう言っていました」


 突然の訂正。雑談の中でもポツポツ失言していたが、この長老万能説は何処から来たのだろうか。


「集落で戦うとなると猪以上の強敵だな」


 そう発言して気付く。村で暴れ回っていたあの猪は長老が用意した生贄だ。何らかの方法で捕獲したのを熊の前に持って行くことは成功したが、熊から逃げて集落に逃げ込んだんだ。熊はバカでは無い。あの猪を追って南下する。そして集落にたどり着く。


 ならあの集落の猪への無様な対応は猪を殺さず北に誘導するためか? あり得る。ティグの様な狩人が数人居てあの猪程度に好き勝手やらせるとは思えない。


 しかしそうなると北上している俺は狩人か生贄か? 熊を殺せなければ俺は熊の餌だ。そして俺を食って冬眠すれば熊と集落双方に利がある。考え過ぎとは思うが、集落の重要な意思決定から外されているティグの帯同が疑念を増す。


 一つカマを掛けてみるか。


「俺は出る時に弁当を貰ったが、ティグも同じものか?」


 チラッと中を見たが昨日の猪肉の残りだった。昨日が久々に食ったまともな料理だったこともあり、弁当を食うのが楽しみだったんだ。


「それはアッシュ様だけですよ。俺なんてそこらの葉っぱと木の実で凌ぎます」


「それは悪い。俺は昼過ぎまで寝ていて腹が一杯だ。ティグが食うと良い」


「ありがたいですが、俺は狩りをする時は肉は控える主義です。匂いに敏感な獲物も居るので」


 弁当は食わないと心に誓った。くそ!


 ただティグの素振りから本当に何も知らないみたいだ。村長から「旅人の弁当を食べるのは失礼にあたるから絶対に食うな」程度の事を言い含められているのかもしれない。逆に外の人との対人経験が少なそうなティグがこれを狙ってやっているのなら脱帽だ。


「匂いか。俺も風下に立つくらいしか意識したことが無いが」


「流石に旅慣れているだけあります。それが分かっていれば獲れる獲物の数が目に見えて変わります」


「となるとこの弁当の匂いは使えないか?」


「生じゃないので厳しいかもしれません」


 しばし考え込むティグ。俺は黙って彼の横を歩いた。


「熊が空腹なら食いつく可能性はあります」


 そしてやっと口を開いたら罠に前向きになっていた。


「なら使おう」


「即決即断ですね」


「食べ物を無駄にするのが嫌いなだけだ」


 記憶のクロードの食生活は酷いの一言だ。だが餓死しないためには食うしかない。痛んでようがカビが生えていようが、死なないなら食っていた記憶がある。そんな記憶があろうとも俺は毒の可能性があるものを食う気は無い。俺はクロードじゃない。記憶のクロードに引っ張られはしない!


「う~ん、ここか。いや、もうちょっと西に……」


 歩きながら罠を設置する場所を考えるティグ。どうやら気に入る場所を見つけたみたいだ。火をつけて肉と道中に採取した香草を投げ入れる。


「それで来るか?」


「匂いに気付きます。掛かるかは運です」


「分かった。ならティグは隠れて準備をしてくれ」


「援護射撃は出来ますが、毛皮が……」


「毛皮がゴミになっても気にするな。誤射だけはするな」


 誤射があると本当に誤射か最初から俺を狙った一発か判断に困る。無論、ティグにそんな事は言わない。ティグは基本的に熊の下半身を狙うと言う事で合意した。


「分かりました。それなら出来ます」


 そう言ってティグは茂みの中に消えた。サウルとの死闘が無ければ俺では絶対に気付けない隠れ身だ。


 木を背にして30分ほど待ったか。ドンドンと大地を鳴らす音が聞こえたと思ったらガサガサと茂みが揺れて獲物が来た!


「ふ、ふざけるな!」


 しかし俺の狼狽は後の祭り。弁当を一飲みした大熊が俺を次の獲物と決めつけた。

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