030 騙し合い 集落
「あっ、狼の取り分を忘れた!」
行商人と別れて一時間程歩いた時に気付いてしまった。ゴブリンライダーを5ペア倒したのだから狼の毛皮と肉を置いていくのは勿体なかった。あの行商人ががめつく取り分を主張しても5:5以上譲る気は無い。本来なら俺が10:0で総取りだ。しかし何も言わずにあの場を離れた。今頃は行商人が全部持って行った後だろう。
惜しいとは思うが、アイテムボックスの存在が露見しなかったのは大きい。他のスキルはある程度知られても大丈夫だが、アイテムボックスだけは大損をしても隠し通さないといけない。もし俺が虜囚になったらアイテムボックスから物を取り出すだけで逃げられる可能性が出て来る。アイテムボックスの存在が露見していたら対策を取られる。そうなると流石の俺もお手上げだ。
「スキルのためにシティシーフの一人でも斬るか?」
ついつい物騒な方向に思考が行ってしまった。だが『鍵開け』の様なスキルがあればもうちょっと安心して町に入れる。
取り留めのない事を考えていると遠くで煙が見えた。もう少し先に集落があるみたいだ。規模は分からないが、俺が入るのを好ましく思う事は無い。集落の外を迂回して通過しよう。
「きゃあああ!」
「助け……」
「囲め! 囲め!!」
「こっちに来るなぁぁぁ!」
集落を迂回しようと思ったら集落の中から怒声が聞こえた。
「何が起こっている?」
俺は興味本位で集落の中を見回した。10人ほどの住人が走ったりこけたりしている。パッと見て盗賊の襲撃では無い。盗賊ならまずは火をつける。となるとモンスターか? だがそれにしては姿が見えない。モンスターが集落を襲うのなら集落の人数より多い数を揃えるはずだ。とびっきり強い個体の可能性はあるか。
「ブヒィィィィ!!」
「猪か! 感じからモンスター化していないぞ!? 猪肉……」
巨大な猪が集落を蹂躙していた。目が赤く光っていないのでモンスター化していない。していたらこの集落は俺が見回している間に滅びていた。
「集落に迷い込んでパニックになったのか? それと背中の右側に結構大きい傷がある。村人で無いとするとあの傷の痛みで我を忘れたか」
しょせんは人事なので遠くから成り行きを見守っていた。無視して先に進むのが正解だが、野次馬根性に負けた。集落を滅ぼすなら集落の戦闘能力把握は大事だから、ともっともらしい言い訳を頭の中で考える。
「うわぁぁぁん!」
その時、猪から逃げようとした子供が転んだ。猪は子供に気付いたのか気付かなかったのか、その子供目掛けて全力で走った。撥ねられたら確実に死ぬ。
「させん!」
前世の記憶。高校生二人に突っ込むトラック。一瞬のフラッシュバックだったが、それが終わる前に俺は一歩先に跳んでいた。
「きゃあああ、トビーが! トビーがぁぁぁ!」
猪が子供を轢き殺す刹那、俺は子供を抱えて直撃を躱した。どうやら母親と思われる女性は息子が死んだと勘違いしたみたいだ。それも仕方が無い。俺と子供は勢い余って他の村人の視界から出てしまった。
「ガキ、大丈夫か?」
「う、うん」
「そうか」
「お兄さんは誰?」
「俺は……旅人だ」
「そうなの?」
懐疑的な目で俺を見るトビー。幼い頃から畑泥棒を警戒する様に鍛えられている目だ。そして俺の姿はそんな畑泥棒の中でもかなり貧相だ。
「まあ良い。あの猪は俺がやろう」
トビーを無視して猪を探す。少し先で暴れている。幸い、俺が持っていた槍は近くに落ちている。子供を抱えて『跳躍』する時に邪魔になるので手放していた。しかし咄嗟の判断とは言え『跳躍』にポイントを振るとは自責の念が堪えない。頭ではポイントの方が知らない子供より大事なのは分かっているんだが、勝手に体が動いてしまった。
驚く村人を無視して俺は槍を構えた。暴れる猪は俺を見ていない。舐められたものだ!
「行くぜ!」
その一言を言い終わるか終わらない内に俺の槍は猪の首に深く刺さった。
「ちっ、暴れるな!」
首から血を滝の様に流しながら最後の一暴れをする猪に俺は振り回された。
「手を放すんじゃ! 直に弱る」
後ろの方から聞こえた老人の声に従い俺は猪の腹を蹴りながら『跳躍』した。
「やった!」
「やったぞ!」
喜びに湧く村人たちに老人が冷や水を浴びせる。
「油断するな! まだ生きておる!!」
その後、鉄の農具を持った農民が近づいて確実に止めを刺した。そして今度こそ拍手喝采。
「終わったか」
俺は槍を回収して「猪肉食いたい」と心の中で思った。
「お兄さんはどうするの?」
「トビーか? そろそろ旅を続けようと思う。この姿では誤解されるだろうし」
「お待ちを、旅の御方」
俺がトビーと話していたらあの老人が割り込んできた。折角猪肉の誘惑に勝って去ろうとしたのに!
「何か?」
一応身構える。
「貴方のおかげでこの集落は救われました。見ての通り貧しい所ですが、今晩の牡丹鍋を食べて行ってください!」
「申し出は有難いが、俺を泊めるのは良いのか?」
「旅人なら構いません」
流民はお断り、と言わずとも理解出来た。だから俺をあくまで旅人として扱うと言う事か。
「分かった。今晩は厄介になる」
その夜は久々に腹いっぱい食えた。それでもまだ猪が余ったほどだ。宴は夜遅くまで続き、酒も数杯飲んだ。
そして次の日、借りた寝床で目を覚ましたのは昼過ぎだった。
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