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029 騙し合い 行商人

「一銅貨たりとも出さんぞ!」


 ゴブリンライダーを相手にしている時より激しい気炎を吐く行商人。クロードが正しかったのか、と内心思ってしまった。それと同時に体が勝手に行商人の頭を飛ばさない様に必死に自制した。分かり合えない相手でもきっと利用価値はあるはずだ。そう思わないとやってられない。


 それでも俺の個人的な感傷を別にして戦場が動いた。新たな敵が来たと考えたゴブリンライダー二体が俺に向かってきた。左右から同時攻撃すれば槍一本の俺を殺せると踏んだみたいだ。その結果、頭を失った死体が四つ俺の後ろに出来た。


「うほょ?」


 行商人が驚いた様な奇声を上げる。俺がここまで強いとは流石に考えていなかったか。今の俺の位階レベルは5だが、『プロトブレイバー』のスキル効果でステータスは位階レベル10相当だ。卓上で解説するならレベルアップ時に基礎ステータスの値と同じダイスを振って、ステータスの増加度を確定させる。余程ダイス運が偏らない限り、凡そ基礎ステータスの半分の値がステータスに加算される。そして俺はダイスを振らずに常に基礎ステータス値が加算される。俺が位階レベル10になる頃には俺のステータスは王国の上位一割に入るはずだ。


「残り三ペアか、そこを動くなよ」


 敵の数を確認して俺は行商人の近くに居るゴブリンライダーに走った。戦況が不利だと悟って逃げようとするゴブリンとまだ戦おうとする狼の間で行動が乱れた。そのまま特に苦労する事も無く残りのゴブリンライダーを始末した。


「終わったぞ」


 必要以上に派手に槍に着いた血を飛ばし行商人に向き直る。


「ふん、中々の腕だな」


 必死に虚勢を張っているが、こうなると哀れだ。


「この程度出来ないと流民は生きていけないのでな」


「流民!? なるほどそうか」


 先ほどから引きつっている顔が更に引きつき、無意識に一歩下がった。俺を盗賊の類と決めつけたのだろう。流民が食っていくにはモグリのモンスターハンターか路上強盗になるくらいしかない。俺としては前者を自任したいが、世間一般は後者しか認識できない。


「まさか命を救われたのに何も無しか?」


 行商人の心情と都合を無視して言いたい事を伝える。ブラック企業時代の上司はイニシアティブを取って、相手が「はい」と言うまで畳みかけていたが、今回はその手法がうまく行くだろうか?


「金は命より大事だ!」


 がめつ過ぎる。


「エールの一杯くらいやろう」


 次はアルコール類か。


「そんな怪しい物を飲むバカがいるのか?」


 毒なり睡眠薬を入れられたら俺が死ぬ。ここまで敵意マシマシで話している相手から何かを本当に飲み食いすると思っているのだろうか? 王国法では「ホストはゲストに薬を盛らない」となっているが、流民である俺はその法の庇護下の外に居る。こいつが俺を毒殺しても罪に問われる事は無い。


「……」


 しばしの沈黙が場を支配する。このままだと時間を無駄に消費する。俺から希望を言うしかない。


「金が絡まなければ良いのか?」


 これは金だけでなく、金になる売り物も含んでいる。俺に薦めたエールは金にならない物だ。ますます何を飲ますつもりだったのか気になる。


「考えんでもない」


「貴様はデグラスに行く予定があるか」


「デグラスが本拠地だ」


 このルートの行商人なら当然デグラスが本拠地だ。ただ俺みたいなイレギュラーは何処にでもいる。


「ならデグラスに滞在している男に伝言を頼む」


「身分確かか?」


「遊歴中の騎士だ」


「……それなら、内容次第で」


 行商人は渋々了承した。伝言一つで諸々の問題が解決するのなら安いと考えた。それがどんなに高くつくかまだ気付いていない。


「『ゴブリン戦での借りを返せ、地下の友より』だ。デグラスの外で落ち会える場所はあるか?」


「デグラスの東門から少し歩くと見捨てられた物見の塔がある。真っ当じゃない奴らが話し合うために使うと聞いた」


「なら『その物見の塔で待つ』も追加してくれ」


「仕方が無い。名前は名乗らないのか?」


「お互い知らない方が身のためだ」


「確かに。それで相手の名前は?」


 名前を知っても意味が無いと行商人が納得してくれて助かった。デグラスに手配が回っていて、門番の衛兵に「アッシュに会ったか」と聞かれたら一発でアウトだ。行商人は俺をアッシュと当たりを付けるかも知れないが、それを正直に言っても行商人に一銅貨の得もない。拘束時間を考えれば大赤字だ。


「マックス卿だ。家名は恥ずかしくて名乗れないと言っていた。ああ、従騎士の名前はヘンリーだ」


「マックス様とヘンリー様か。見つかるだろうが、そんな方々が貴様に会いに来るとは思えん」


「構わない。そうしたら冬を越すために必要な事をする」


「!!」


 俺の浮かべる笑みを見て行商人の両眉が面白いほど上がる。俺が冬を越すにはこの行商人が金儲けのために訪れている集落の一つか二つを滅ぼさないといけない。俺が実際にやるかは別として、それを成せる力があるのはゴブリンライダーとの戦いで見せた。後はこの行商人が自分の商圏を守るために死に物狂いでマックスを探してくれる。


 行商人が衛兵に垂れ込んで「一人の男が集落を滅ぼす」なんて言えば良くて笑われるし、悪ければ頭がおかしいと収監される。衛兵は村を滅ぼした盗賊を斬れば金一封貰えるが、未遂ではただ働きだ。それも雪が降る寒い森林で歩き回るおまけ付きだ。


「雪が降るまでだ」


 俺はそれだけ言って行商人が来た西に向かって歩き出した。行商人が何か言っている気がするが無視した。



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