026 騙し合い 戦後
俺は廃寺院を出てから凡そ西に向かって進んでいた。それ以外の方向に進んだら大都市ラディアンドに近づく事になっていた。そうしたら今回の敵より更に多くの敵が俺を狙っただろう。ここから南西の城塞都市デグラスを目指すとしても真っ直ぐ目指せば敵に読まれるだろう。首輪の遠見で定期的に居場所がバレては偽装工作をやるのは余計な時間の浪費にしかならない。
「いっそ、取るか」
完品の方がマックスに渡す際に証拠として価値がある。市民を無差別に遠見の対象にするのは王国法で許可されていない。孤児院の院長が許可を出したと言う抜け道を使えば辺境伯は無傷だ。だがラディアンドに居る孤児院の副院長以上と監査役の下級貴族当主は全員縛り首だ。辺境伯の足元に火をつけるには十分なスキャンダルだ。クロードの知っている範囲で、王家はこの展開を望むみたいだ。
有能で強すぎる辺境伯は王国にとって都合が悪いのは俺でも分かる。その上、辺境伯の一族はユーグリン王国に征服される前のラディアンド王国時代から当時のラディアンド王家に仕えている。ラディアンド王が侯爵位と引き換えにユーグリン王国に下った時、最後まで戦争を唱えたのが辺境伯の曾祖父だ。クロードの記憶では祖父の代までは伯爵らしい。で、祖父の代で当時の王家と強力なタッグを組んで北伐で大活躍した。その褒美として直轄領になっていたラディアンド王国の王都を含むこの地帯を賜り、辺境伯に叙爵された。ラディアンド王国時代の伯爵位と領地はまだ持っているので大領を二つ有するユーグリン王国有数の大貴族になっている。
「粗を探して領地の片方は没収したいよな」
没収できるかは俺には分からない。ただのお飾りになっている侯爵を動かせば出来るかもしれない。しかし失敗すれば辺境伯は独立を宣言して侯爵を滅ぼす。それからは王国との戦争になるが、その辺りに世界が滅びるから検討するだけ無駄だ。
「おかしい。ちょっと勇者の力を貰ってある程度悠々自適に暮らせるはずじゃなかったか?」
クロードの抱えている個人的な問題。辺境伯と王家の問題。処理をミスるだけで世界の滅亡に繋がりそうな案件を二つも抱えている。胃がキリリと痛むが、この程度の痛みならブラック企業時代で仕事が小康状態だった時の痛みだ。俺の同僚だった男の様に血を吐いて緊急搬送されるまではまだ余裕がある。
「考えても仕方が無い。これを斬るに何か有用なスキルが手に入ったか確認だ」
『ブレイブシステム』を起動する。レベル5に上がった。ダイアーウルフとの戦いで上がったとは思えない。明らかにサウルが自爆した時に強くなった気がする。ルルブによると人間を殺して経験値は入らない。ただし経験値が十分溜まっていればレベルアップに相応しい行動をすればレベルが上がる。逆説的にどんなに経験値を溜めても相応しい行動をしないとレベルが上がらない。クロードの記憶にもある「レベル10の壁」がそれだろう。俺がそれに直面するのは当分先だがレベル9からレベル10に上がるのは並大抵ではない。レベル9と比べて戦力的には大差ないのに苦労は10倍とも言われている。
***
ストックスキル
ブレイブシステム 0/1
吸血 0/1
アイテムボックス 2/3
最大LVアップ 2/3
取得SPアップ 2/3
盗掘 5/5
追跡 5/5 NEW!
マナ呼吸 2/5
森林歩行 5/5 NEW!
HPブースト 5/5
跳躍 10/10NEW!
暗視 2/10
毒耐性 10/10NEW!
剣術 9/10
小剣術 10/10NEW!
短剣術 10/10
槍術 9/10
斧術 10/10
盾術 10/10
弓術 10/10
投石 10/10
光魔法 3/3
火魔法 10/10
共通語 9/10
ゴブリン語 10/10
***
増えたスキルは5つか。『跳躍』はダイアーウルフだと思う。『追跡』と『小剣術』はあのニューハーフで『森林歩行』と『毒耐性』はサウルだ。サウルのスキルがストックスキルに入っているんだ。俺が殺したのは間違いない。『跳躍』は読んで字の如く大ジャンプだ。使えないわけじゃないけど優先度は低い。
『追跡』は卓上なら絶対に取らないスキルの類だ。キャラシートの初期スキル欄に載っていたら「ラッキー」と思う程度に微妙な効果しかない。一つだけ指定したものを発見しやすくなる効果がある。遠見の情報が途切れたのに俺を追跡できたのはこのスキルのおかげだ。一見使えそうだが『探索』の下位互換だしアクティブな追跡対象が一つだけなのも使い勝手が悪い。『小剣術』はレイピアみたいにしなる剣を使うスキルだ。王国では余り使われていない剣術のはずだが、この男は何処から流れて来たんだ?
『毒耐性』は読んで字の如く。あれだけ毒物を使っていたのなら持っていて当然だ。だが『毒調合』が無い。やはり毒の出所は別か。これはこれで頭が痛い問題だ。今からこれを取得して腫れている体に効果があるだろうか? あると信じたい。そして最後の『森林歩行』は森林を平地の様に歩けるスキルだ。レベルが高くなると森林の中を無音で走れる。基本的にエルフの専用スキルだ。
「サウルってエルフか?」
俺はサウルの耳が尖っていたか必死に思い出そうとした。尖っていなかったと思う。それに顔立ちとか体つきからして人間のおっさんにしか見えなかった。サウルが血の滲むような訓練をして手に入れたのか? それなら邪教徒にはならないだろう。それにラディアンドのエルフコミュニティーが同胞の邪神崇拝を見過ごすはずない。迫害とは言わないが大都市内でのエルフの身分は決して良くないからかなり強固な仲間意識があるとリルが言っていた。王国全体で見るとエルフの各氏族と良好な関係を築いている。だがここはラディアンド王国時代からドワーフと縁が深い。辺境伯が当時の縁を大事にしているのなら、エルフを冷遇する理由としては十分だ。
「ハーフエルフ!?」
そこで俺は一つの可能性に思い至った。エルフコミュニティーを頼れず人間からも爪弾きにされるならハーフエルフであった方が現実的だ。がたいが良かったのもそれで説明がつく。サウルに手を差し伸べたのは邪神だけだったか。一つ何か違っていたらクロードもサウルの様になっていたかもしれない。
そうはならなかった。そして邪神が手を差し伸べても、俺はその手を取らない。だがサウルのスキルは有効活用させて貰う。
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