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024 奥地 土産

 ナイフが首輪に当たり止まる。


「我が神よ! やり遂げましたぞ!」


 サウルはもはや俺を見ていなかった。その開き切った瞳孔は最後に何を見たのだろうか。今となっては分からない。体に深く刺さった槍がサウルの命を既に奪っていた。


「俺が来ることを読んで、命と引き換えに必殺のカウンターを撃ったのか」


 俺がゾンビを利用してサウルの位置を探った様に、サウルはゾンビを誘導して俺を罠に呼び込んだ。


 本来ならあの首への一撃で決まっていた。積み重ねた小さな事情が万に一つの奇蹟を手繰り寄せた。サウルが仕入れていた遠見スクライの情報は数日前の物だ。その時は首輪があった。だがここ数日で首輪をまだしているか確証を持てなくなった。その気になれば取れるし、普通なら出来る限り早く取り外す。俺があのニューハーフみたいな存在をわざと呼び込むために行動していたなんて思いつくはずがない。そして首輪の存在を朧げにするためにフード付きのローブを頭から被った。これでローブの中を覗き見ないと首輪の有無を確認出来なくなった。


 だがそれだけなら首輪を回避して首を斬れば良い。サウルの腕ならそれは可能だし、実際そうなっていたはずだ。サウルが俺の腕ごと槍を掴んだ瞬間、俺はサウルが首を狙うと思いほんの少しだけ頭を後ろに動かした。そのためサウルの一撃が首輪に当たる様に修正された。それすらもサウルなら気付いたはずだ。それでもそれに気付けなかったのは『マナ呼吸』のおかげだ。優れた狩人であるサウルは生物の息遣いすら勘案してナイフを振るう。息遣いをしない生物の首を狙ったのはサウルに取っても初めてだったんだろう。


 最後に夜の闇でサウルの視覚が落ちていた。俺はいつも以上に見えていた事と併せてサウルの行動を察することが出来た。一つでも欠けていたら俺の死体がサウルに重なっていただろう。こんな薄氷の勝利は二度とごめんだ。勝利した事で少しだけ冷静になった俺が思い出す。サウルはこの近隣に多くいる「ただの雑魚」だ。この一連の戦いが死闘に感じられたのも俺とサウルが弱いからだ。意地でもレベルを上げないと駄目だ。


 ガサッ、ガサッ。


「!? ゾンビか!」


 俺が勝利の余韻で放心していたらゾンビが近づいてきた。サウルの一撃で『マナ呼吸』が解除されたみたいだ。ゾンビの赤く揺らめく双眸は俺を完璧にロックオンしていた。急いで『マナ呼吸』を使い、隠れる前にサウルの死体を今一度見下ろした。サウルの体を弄ってアイテムボックスに放り込めるものを探すか。ターゲットを失って一時止まったゾンビがここに来るまでそれだけは出来そうだ。


「油断だな」


 サウルは笑顔だった。必殺の一撃を外した後悔は一切無かった。ナイフと首輪が当たった時に音がした。サウルほどの狂信者が気付かないか? 気付いて無視するか? 俺なら最後の気力を振り絞って刺す。かすり傷一つで勝てるのだから。何故それをやらなかった? この笑顔は本当に敗北者の笑顔か?


 俺はアイテムボックスからゴブリンから奪った小さいこん棒を取り出しナイフをサウルの手から弾き飛ばした。この一日で錆びた槍の在庫はかなり寂しくなった。錆びた槍の質は槍レベル5で上手く振るだけで自壊しかねない。武器の在庫問題は棚上げして、俺は毒のついたナイフをアイテムボックスに入れた。毒をアイテムボックスに入れるのは抵抗があったが、アイテムボックス内が毒液まみれになったと言う話はルルブに載っていなかった。


 その足で樹齢100年はありそうな大木の後ろに隠れた。体全体が隠れたのでゾンビは俺を視認出来ない。どうもゾンビは目を余り有効に使えないみたいだ。見えない、と言うわけではないのが面倒だ。視界から消えて呼吸も止めた。それでも近づいてきたら次の大木の後ろに隠れるだけだ。


「アァァァ……」


 音からして、足が不自由なモヒカンがサウルの死体に引っかかったか? あれには俺の槍の取っ手が天を差して刺さっている。回避する事を考えなければ通行の邪魔だ。どうやら無理やり槍を抜いて進むことを試すみたいだ。


 そして一瞬の光で脳が焼かれるほどの痛みを感じ、俺の辺り一面が「ジュージュー」と音をたてながら溶けだした。


「一体何が!?」


 急いで振り返った俺はあの光の影響でバランスを失いそうになった。倒れない様に背にしていた大木に手を置いたら、大木はほとんど抵抗も無く折れた。そして倒れた大木の巻き上げた埃が流された後に俺が見た光景は筆舌に尽くし難かった。


「ははは……」


 もう笑うしかない。サウルの死体を中心に大きなクレーターが出来ていた。近くにあった木も岩もゾンビも全部吹っ飛んで溶けていた。自分の死体を猛毒の爆弾に変えて自爆した。言葉にすればそれだけだ。だが町中でこれをやれば死者は千人は下らないだろう。


「毒の総量が増えているよな?」


 局所的とはいえこれだけの破壊だ。肉体全部が毒でも説明がつかない。邪神が力を貸したに違いない。


 自分の死すらも俺を殺す武器に変えるとは、サウルは真に恐ろしい敵であった。俺があいつの体から毒を含むアイテム類を物色すると信じての行動だ。そしてそれは正しかった。あれほど苦戦せず、あの笑みが無ければ、そして何よりゾンビが近くに居なければ。


 九死に一生を得たか。そして長い夜が明けた。

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