021 奥地 追っ手
先ほど貫いたフード付きのローブを羽織り、顔を隠した。少なくとも追っ手は俺の顔を知らないはずだ。そしてもし俺の人相を聞いていれば右から仕掛けて来る。何せ遠見以外で俺の右目が見えていると知る術はない。追っ手に一切の情報が渡っていなく、クロードの体の状態を教えられていない可能性もあるのでこの事だけで確証は持てない。
ダイアーウルフの死骸をなんとかアイテムボックスに押し込みゆっくり歩き出す。走ると追っ手の足音が聞こえない。『索敵』みたいなスキルがあればもう少し楽だが、それでも後方から来る音は分かる。追っ手の足音からして数は三人。真っ直ぐ俺を追ってきている。もはや音を隠す気が無いのだろう。相手が距離を縮める。そろそろ仕掛けて来るか?
木々の間に多少空いている場所を見つけて、そこで立ち止まった。障害物の多い森だと槍を有効活用するには場所を選ばないといけない。ここなら一通りの動きが出来る。
そろそろ接敵するかと思った矢先、右の後方から「ビュッ」と風を切る音がした。
「危な! 背中を見せている相手に先制攻撃か。殺されても文句は言えないぞ?」
俺は突然放たれた矢を槍で弾いた。ゴブリンアーチャーよりは弓術レベルが高いみたいだが、俺の槍術レベルで十分対応できる範囲でしかない。大地に刺さった矢が「ジュウウウ」と鳴っているのは多少気になったが、それよりも姿を現した三人に注意が行った。それと姿を見せない弓使いの四人目の警戒で矢の事は忘れた。
「見つけたわよぉ」
ニューハーフと見まがうおっさんが声を掛けてきた。この様な奥地を歩くには似つかわしくない軽装だ。見た目の派手さとは裏腹に服の質は市民基準で言えば中の下辺りか。ただ使い込まれた長靴だけがこの様な長期追跡に慣れていると物語っている。装備は小剣か。技巧派戦士と仮定するのならこの戦場は彼にとっては不利だ。だが経験豊富なら逆にこのような不整地が得意の可能性もある。
その一歩後ろに筋肉だるまが左右に控えていた。上半身裸で、右はモヒカン、左はスキンヘッドだ。傷だらけの上半身にある入れ墨からして相当アレな生活を送っていそうだ。肉を削って落とした所近くには文字が部分的に見える。おそらく何らかの犯罪を犯して焼き印された跡だろう。大型の獣を捕縛するような網と木製のデカいこん棒を持っている。こっちは実に分かりやすい。
「俺は貴様らに用は無い」
「こっちにはあるのよぉ」
「どんな用だ?」
「家出した悪い孤児の保護よぉ」
キモイ動作で動くおっさん。おそらくおっさんに注意を向けた所を他の奴らが動くのがセオリーなのだろう。
「生憎俺は流民落ちした身だ。人違いだ」
「そんな事はどうでも良いのよぉ」
「話にならん」
「その首輪がある限り貴方は孤児なのぉ。都市が守らないといけないのぉ」
「矢を射った奴のセリフではない」
「ちょっと怪我しても生きていたら大丈夫よぉ」
無茶苦茶だ、とは言い切れないのがこの世界の実情だ。生きてさえいれば報酬を貰えるのだろう。その際に腕の一本程度が無くなっていてもマイナス査定にはならない。ただクロードの記憶には孤児キャッチャーの存在は無かった。あってしかるべき存在なのに。何かが致命的におかしい。
「数日したら帰ると言えば、消えるか?」
カマをかけて見るか。ブラック企業時代は相手の失言から執拗に攻める事を上司がやっていたが、俺が即席で真似ても上手く行くだろうか。
「おばかさ~ん、そんな事を信じるわけないでしょ」
「と言いつつ、俺を都市に帰す気は無い癖に」
「いやねぇ、ちゃんと返すわよぉ、奴隷商に!!」
やはり奴隷商人に売り飛ばす気か。流民は王国法で奴隷に格上げが禁止されている。だがこの首輪があれば孤児だと言う主張が通るのだろう。前世みたいに市民権の管理がしっかりしていない。都市に生活する市民は都市から出ない事で市民権を維持している。もし都市の外に出るのなら、帰還後に証人となれる血縁の確保と衛兵への賄賂は欠かさない。流民の社会身分の流動性はクロードが考えているより遥かにあるのかもしれない。
「手加減してやれんぞ?」
「問答無用よぉ!」
それが合図なのか、男二人が俺を捕まえるために動き出した。俺は内心ほくそ笑んだ。一対一なら勝つ自信がある。一対二でも勝ち筋はある。一対三ならたぶん無理。そして姿を見せない四人目の警戒もある。ダイアーウルフよりは骨が折れそうだ。
俺はスキンヘッドが投げたネットを横にジャンプして躱す。俺の着地地点に向けてモヒカンがネットを投げる。本来ならここで詰みだ。こいつらのコンビネーションは称賛に値する。だから俺はダイアーウルフをアイテムボックスから取り出した。ネットは巨体に絡まり、俺を捉える事に失敗した。
「手品ねぇ」
ニューハーフがクネクネして言う。あいつの動きを注視していないといけないから、俺の方からは攻め込み辛い。邪魔が無ければ筋肉だるまの片方だけだったらすぐに殺せるのに!
それ以上にクロードの対人戦闘経験不足が痛い。これに関しては俺の前世も足を引っ張っているが、刃物で殺し合うのが日常では無い日本生まれ故に仕方が無い。卓上でGM相手に読み合いはするが、複数の人間の動きをリアルタイムで読むのとはまた違う経験だ。未知の戦闘と人殺しに対する忌避感が必要以上に俺を弱くした。
「これで退けば見逃すぞ?」
無理だろうが、一応挑発してみる。これで退いてくれると御の字だが、たぶん無理だ。
「つれないわねぇ、私の参加するわぁ」
しまった! 逆効果だ。こうなると俺も覚悟を決めるしかない。
三方から俺に襲い掛かる三人。待っていれば袋叩きにされる。俺は意を決して右から来るスキンヘッドに吶喊した。相手のこん棒の大ぶりをしゃがみながら躱し、脇腹に錆びた槍を突きさす!
「痛えだろうがぁぁぁぁ!!」
怒りに我を忘れたスキンヘッドが俺を蹴り飛ばす。
「おバカぁ!」
ニューハーフが怒鳴るのも分かる。あの蹴りのおかげで俺を距離を取る事に成功した。孤児時代なら骨が折れただろうが、ヴァンピールレベル1とここ数日の肉のおかげで俺の体は頑丈になっている。スキンヘッド程度の蹴りでは重傷にはならない。
お互い構え直して次の一手を考える。
「うあぁぁぁ……」
そしてスキンヘッドが脇腹を抑えて泡を吹いて倒れた。
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