020 奥地 魔狼
狼の唸り声を聞きながら俺はまっすぐ歩いた。最初に声を聞いた時に全力で逃げたら助かったかもしれない。だがそれでは俺の目的が果たせない。
「ガルルルル」
「良し、囲まれたか」
程なくしてダイアーウルフに統率されたウルフの群れに囲まれた。ダイアーウルフはウルフがモンスター化したもので、大きさも強さも普通のウルフと比較にならない。全長3メートルはあるが、俺を殺したトラックに比べたら小さい。クロードの知識ではレベル10弱のDランク冒険者がCランク昇格のために倒す敵と聞いているから、俺でも十分勝てるはずだ。かなり後になって、単独ではなく6人掛かりで倒すモンスターだと知った時はびっくりした。
ウルフは2重の円陣で俺を取り囲んだ。俺を睨みながらグルグル回っていて、直接攻撃する意志は乏しいみたいだ。油断したり、逃げようとすれば全員で襲い掛かって来るかもしれない。そんな円陣の中には俺と群れを率いるダイアーウルフだけとなった。俺にタイマンを仕掛ける様では恐れる価値すら無い!
飛び掛かるダイアーウルフの落下地点に錆びた槍を合わせて迎撃する。
「おわっ!?」
狙いは完璧だったはず。しかしダイアーウルフは空中で首をひねり、槍を噛んで折った。そのまま俺の少し前に着陸し、左腕の爪で襲ってきた。瞬時に盾を構えなければ致命傷を負っていた。盾スキルが無かった事もあり、ゴブリンガードから奪った盾は一発で吹き飛ばされ、スクラップになった。やはり防御系スキルもちゃんとポイントを振らないと発動すらしないか。攻撃を止めるだけなら素の身体能力で行けると自惚れていた。
「やるじゃないか!」
Cランクに上がる冒険者はこれを狩れるのか。この世界の一般冒険者の実力を上方修正する。だが俺を生贄に捧げようとした衛兵は本当にCランク冒険者と同等かそれ以上なのか? あの衛兵では一対一でこのダイアーウルフに勝てる未来がイメージできない。不思議な事もある物だ。
ダイアーウルフが連続して爪を繰り出す。それを必要最低限の動きで躱す。もっと余裕を持って躱したいが、場を支配しているダイアーウルフがそんな事を許さない。このまま行けば回避出来ない状況に追いやられて食われる。無理やり状況をこじ開けて勝機を掴む!
「間違った力の使い方を見やがれ!」
俺はゴブリンの焚火近くから回収していたボロのローブをダイアーウルフの眼前に出した。視界が塞がる事を嫌がったダイアーウルフが一瞬動きを止める。そしてその一瞬に俺はダイアーウルフに槍を突き刺した。
「浅い!?」
流石のダイアーウルフもローブを貫いて攻撃するとは思っていなかったみたいだ。当然だ。ダイアーウルフからすれば自傷アタックなど正気の沙汰ではない。人間を含めた多くの敵に勝ってきたからこそ、自分の一部を犠牲にする相手の行動は理解出来ない。それでも頭への一撃をカンで回避し、左の前足の付け根で受けたのは見事としか言えない。
「ガルル!」
怒り狂うダイアーウルフだが左の前足のダメージはでかい。錆びた槍の穂先が折れて未だ刺さっているのも大きい。冒険者は装備を大事に使う。それこそ命を失う危険より装備を大事にするほどに。だがブラック企業勤めの俺は命も装備も使い捨てる。俺が壊れても次がいる。この壊れた槍を捨て、アイテムボックスから新しい錆びた槍を取り出せるように。
「終わらせようぜ」
俺の挑発に答えたのか分からないが、ダイアーウルフは後ろ脚に力を込めて一気に跳躍してきた。前足が動かないのだから牙の破壊力に賭けたのだ。だがその攻撃は悪手だ!
俺は前転しながら右に回避する。着地したダイアーウルフは左前脚に力を入れて右に頭を伸ばそうとして、バランスを崩す。
「取った!」
それを見逃さず俺の全体重を乗せた突きがダイアーウルフの首筋に突き刺さる。そのままタックルするような感じでダイアーウルフを押し倒す。
「ギャンンン……」
必死に抵抗するダイアーウルフを押さえつけて数分。やっとダイアーウルフが事切れた。
「勝った……勝ったぞぉぉぉ!」
俺の咆哮が森にこだまする。
「待て! 逃げるな!!」
何たる失態だ! ダイアーウルフが倒れたのを見て周りのウルフが逃げ出した。夕飯の肉が逃げる!
走って追おうにも俺の脚力では追いつけない。俺は涙を呑んで追跡を諦めた。
「食えないんだよな」
モンスターの肉は人間にとっては毒とされている。クロードの知識とルルブの情報が一致しているので本当だろう。スキル持ちが特殊な処理を施せば食えるはずだが、そんなスキルはストックスキルにも無い。幸い毛皮と爪は売れる。売り先が無いのと、毛皮の傷みがかなりあるのが残念だ。
しかし傷んだ毛皮の事は気にしないでおく。冒険者の死因の第一に上がるのが「素材を綺麗に取ろうとして殺された」だ。俺がダイアーウルフの毛皮を綺麗にはぐつもりなら腕の一本や二本は毎回犠牲にしないと無理だ。そこまでのリスクを侵さずともダイアーウルフそのものは狩れるのだから討伐数を優先すれば問題無い。
この場で皮をはぐか、『アイテムボックス』のレベルを1上げてより安全な場所で作業するか。
「失せろ、犬!」
俺が悩んでいる所に後方から数人の怒声が聞こえた。どうやら俺の待ち望んだ追っ手がやっと来たみたいだ。こんな奥地まで追ってくるとはご苦労な事だ。
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