199 ラディアンド籠城戦 燻る炎 下
「多くのけが人が出たのにヒーラーが大神殿に待機では治療が出来ません。次からは最前線に出向かなくては!」
シーナらしい。ヘンリーが顔面蒼白になって首を小刻みに横に振っている。俺に反対して欲しいのだろうが、俺の言葉で止まるシーナはシーナじゃない。
「だが安全確保はどうする?」
「人を救う最中に倒れるのならそれこそが神の意志です。受け入れます」
「だろうな。だがシーナを殺すために敵は周りを巻き込む。シーナの行動で犠牲者が増えるのは好ましくない」
「私を狙う価値などありません」
「それは違う! シーナ殿は魅力的な女性だ!」
俺が答える前にヘンリーが叫ぶ。説得したいのか告白したいのか、どっちだ?
「そうですか。ならヘンリー様を失望させない様に更に前に出なくてはいけません」
「そう言う意味では……」
シーナの行動基準は滅私奉公だ。ただし教義の関係で「私」の部分が「国」まで拡大しかねない。国を滅ぼしてでも民に奉公する。そして王侯貴族無き後に神による直接統治の時代に回帰する。俺とアメリアが揃って「狂っている」と切り捨てるのも当然だ。そんな狂った聖典派の思想を信じるのは魔法スキルを望むも決して得られない人間達だ。貧乏人が持つ不満のガス抜きを念頭に置いた考えだと思うし、実現しない限り一定の成果を上げている。しかしこの教義を絶対視するシーナが『光魔法』を得て聖女となった。
幸いシーナは布教をしていない。だがシーナの行動は聖典派の模範とすべき行動をなぞっている。その一つが最前線で治療をする行為だ。他の宗教派閥は「ヒーラーは神殿か後方で待機」が基本だ。聖典派としては「間違って」魔法スキルを得た人間を最速で始末する方法と考えたのだろうが、シーナほどの名声を獲得する存在の事は考えていなかった。万が一シーナが戦死したら殉教者として王国の歴史にその名が永遠に刻まれる。そして先鋭化した聖典派と言えるシーナ派が発生する。一つ間違えば本当に滅国まで行きそうだ。
「オークがラディアンド内にいないのなら、いつも以上に外で治療したら良いと思う」
「流石はアッシュ様!」
「ヘンリーも精鋭の騎士小隊を率いているんだ。オークに雇われた難民の殺し屋に遅れは取らないだろう?」
「当然です!」
「うん、何となく見えて来た。オークが城壁を越えたら大人しく大神殿で待機。それ以外は必要な所で治療。どうだろう?」
マックスが玉虫色の案を提示する。シーナは反対できないが、受け入れやすい案ではある。ヘンリーも負担が増えるだけで納得できる案だ。
そもそもオークがラディアンドの城壁を越えた場合、シーナを大神殿に押し込むのは全勢力の共通認識だ。死亡以外を治療できる聖女に死んで貰っては困る。無論、地方貴族は中央貴族である宰相家が聖女を確保した事を苦々しく思っている。だがまだ身柄を抑えられた程度。地方貴族がシーナを妻に迎えると言えばまだ聖女を手に入れる事は出来る。婚姻政策は中央貴族も当然考えている。
中央貴族はその上で聖典派の危険性を知っているから、シーナに中央の田舎にある男爵領を一つ与えて聖女をその地に封印したはずだ。聖女なんてものは必要があればグリフォンの背中に乗せて田舎から呼び出せば良い存在だと割り切るだろう。
この政治の綱引きがどういう結果になるかは興味が無い。ただ風の聖戦士である限り、俺もシーナと似た面倒な政治に巻き込まれる運命にある。せいぜいシーナ相手にどんな手を使うのか学習させて貰うとしよう。
「シーナはそれで良いとして、これからの戦略はどうなっている?」
俺はシーナの件を一方的に決めつけてもっとも重要な事を問う。ここまでの基本戦略は「オークが城壁を越えられない」前提で立てられている。同じ戦略を続けてもオークには勝てない。それどころか余計調子に乗って城壁を越える回数が増えるだろう。
「基本はそのままで殲滅のペースを上げる。特にアメリアの『火魔法』スキルが上がったのは天の助けだ」
「体は持つのか?」
「『サイクロンテンペスト』をぶっ放す誰かよりは持つ」
「あれは半分自爆技だ。比べるのが間違いだ」
マックスは髪をかき上げ降参の仕草をする。
「実はお手上げだ。戦略的な勝ちはもはや無い。個人で大暴れして勝つと言う頭の痛くなる戦略しかない」
「単騎で無双せよ」が最善の戦略とは終わっている。
「食糧の輸入では持ち直せないか?」
「今となれば対処療法にしかならない。オークの内通者に扇動される人が減る程度の価値しかない」
「民は食糧庫を焼いたのは誰かうすうす気づいているか」
「流石に一人にまでは絞り込めないが、貴族の誰かまでは分かっている」
そうじゃない可能性もあるのだが、暴徒に何を言っても無駄だ。
「となれば次は『どの貴族が裏切ったか』の流言合戦か」
「既に始まっている。会議で取っ組み合いになった程だ」
「終わっているな」
「既に善後策を模索している貴族が多い」
「俺かマックスを囮にラディアンドを脱出するか?」
「そう上手く行くとは思えないが、ここに残るよりは生き残れる目がある」
「マックスは逃げろよ?」
「『死守』せよと父上から手紙が届いた。私がここで死ぬ価値は大きいらしい」
悲壮な覚悟でマックスがポツリと言う。糞、どうやったらマックスが死なないで済む? やはりスキル持ちの量産か? だが中で幾ら増やしても籠城策が破綻した今では焼け石に水だ。食糧同様にある所から連れて来るか? 状況の整理をするはずがとんでもない爆弾を抱える事になってしまった。逆転の目がデグラスにあると信じて俺は早めに就寝する。
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