193 ラディアンド籠城戦 最後の休日 中
身分が違う人がこれだけ揃うのは稀だ。少なくてもミリスの後ろにいる衛兵の詰所とメアの後ろにいる冒険者ギルドは貴族との調整を言い含めて参加させているはずだ。俺の考えが正しいと証明するかのようにミリスが最初に口を開く。先に動かないとより面倒な話題の後では割り込めないと判断したのだろう。
「最近は治安が目に見えて悪化している。貴族街と言えど安全とは言えない」
「そういえばお爺様は迎えが来るまで屋敷を出るなと言っていましたね」
アメリアが滞在している屋敷は本来なら歩いた方が早い距離だが、その短距離ですら危険になりつつある。
「そう言えばDランク冒険者が治安維持に駆り出されている。なんでも位階10になったらCランクに上げる約束付きの大盤振る舞いだ」
メアが冒険者ギルドが衛兵と共同で動いていると知らせる。しかしCランク昇格の約束が本当だとすると事態は思っていたより悪い。ルビー達で特例を認めたからハードルが低下しているとしても、大多数の冒険者に約束する類の特例では無い。
「食糧庫と飲料水、そして貴族街と防衛する場所が多くて冒険者の手を借りても残業だらけだ」
「飲料水に関しては私が浄化を担当していますが、数回暴徒に襲われました」
シーナが驚くべく告白をする。
「どうすべきか。浄化の仕事から外すわけにはいかないし……」
「大丈夫です。ヘンリー様を始めとした騎士の皆様がしっかり守ってくれています」
「ヘンリーを盾にしてでも生き残れ! シーナの代わりはいないんだ!」
「アッシュ様が生きろと命じるのなら生きましょう」
この話はこれで終わりと思ったら、ミリスが終わっていないと言う。
「衛兵の詰所にはダークエルフが盗賊ギルドを攻撃しているって苦情が来ている。暴徒対策を押し付けられる盗賊ギルドが動けないのは面倒だ」
「衛兵に助けを求めるなど情けない。やはり皆殺しにしましょう」
リルと盗賊ギルドがやり合っているのは知っている。しかし盗賊ギルドが衛兵に泣きつくとは。だがTRPGのキャンペーンでは盗賊ギルドの重鎮が衛兵の大隊長を兼任している事はよくある。リル絡みのクレームは盗賊と衛兵を掛け持ちしている者からの密告に違いない。そしてそう仮定するのなら盗賊ギルドを滅ぼすと衛兵を一定数間引く事になる。現状でそれは好ましくない。
「少し誤解があるようだ。盗賊ギルドは当家のエミール少年を誘拐ないしは殺害しようとしている。即ち、貴族として当然の自衛行動をしている。無論、盗賊ギルドそのものにエミール少年以外の件での私怨は無い」
「上には伝えておきます」
ミリスが事務的に言う。行動で平行線だと伝えてくれるのは助かる。なら俺の方から盗賊ギルドが手打ちに同意する手を打とう。
「俺が何か出さないと相手の面子が立たないか。ならこれを上司に渡すと良い」
俺はかつて襲われた時に手に入れた小冊子をミリスに渡す。
「これは?」
「盗賊が使う隠語を纏めたものだ。衛兵が盗賊ギルドの動きを知るに大いに貢献するだろう」
ミリスがページをパラパラめくるが、基本的に文盲なので読めない。読めたら読めたで命の危険になっていた。
この小冊子だけだと意味不明な言葉の羅列でしかない。しかし盗賊の発言と足取りを追えば小冊子の文面が理解できるようになる。一定のサンプルが集まれば解読が進むし、小冊子の文面を使って偽情報で盗賊を嵌める事が出来るだろう。盗賊ギルドの上に行くほど情報の秘匿性が重要だと知っている。衛兵と掛け持ちする盗賊もそんな一人だ。
俺とリルが盗賊ギルドを本気で潰すのならこの小冊子の事は黙っているのが得策だ。これを自主的に盗賊ギルドに返すのだから、俺が手を退く話に信憑性が出る。盗賊ギルドが受け取るのを拒否して、俺に滅ぼされる未来を選ぶかもしれない。エミールを殺す様に命令したスポンサーの意向に盗賊ギルドが逆らえるか次第か。
「私は全部暗記している」
「リルは昔から物覚えが良かったね」
リルの発言にミリスが「いつもの事」風に返す。ミリスがどう上司に伝えるか分からないが、これでリルの盗賊ギルド襲撃は情報が筒抜けだからと誤解される。そうなれば盗賊ギルドは生き残るために隠語を一から作り直す労力で忙しくなる。リルが隠語など利用せずに『隠密』スキルを使用して盗賊ギルドの拠点に正面から殴り込んでいるだけとは気付くまい。
「籠城戦に勝つには盗賊ギルドの働きは大事だ。衛兵の方からもしっかり釘を刺してくれ」
現場レベルで調整出来れば最善だ。俺と盗賊ギルドは辺境伯が動くような事態を避けたい。
「勝てるのか?」
ミリスとリルが終わったと油断したらメアが本質を突く鋭い発言をする。ここじゃなかったらぶん殴られても仕方が無いぞ。
「それは冒険者の総意か?」
「う~ん、強い人は気にしている程度」
まだ末端にまで厭戦気分は広がっていないのは助かる。
「城壁が持てば勝ち筋はある」
時間切れに賭ける。俺とアメリアが幾ら暴れても数の差が酷すぎて状況をひっくり返せない。
「ああ、だから食糧庫を守るのに全力なのか」
「放火されたら面倒だからな」
「でも、ほとんど空っぽだよ?」
「なんだと!? リル?」
「メアの行った事は本当。食糧の消費が早い。今は何か所かに集めて誤魔化している」
防衛の観点から守りやすい食糧庫に食糧を移送するのも冒険者の仕事になっているらしい。リルなら空っぽになった食糧庫に潜入する事は朝飯前だ。
「難民を押し付けられたからな! だがもう少し余裕があると思っていた」
「アッシュは人の顔が見えないと善性を信じるのね」
アメリアが言い放つ。食糧庫の管理人が横流ししていた、と言いたいのか。そして平時なら備蓄がここまで減る事は無いため露見しない。毎年一定量は腐って廃棄と言えば横流し分を確保する事は難しくない。だが備蓄を限界まで放出する事になったこの籠城で不正が露見しつつある。
となると集合しているのも食糧庫単位で不正が露見しない様に管理人全員がグルか。戦時だから食糧の出し入れの記録付けは杜撰になっている。複数の食糧庫の在庫を混ぜたらもう分からなくなる。
「となると備蓄がある食糧庫の防衛が大事……いやそうじゃない! 空っぽになった食糧庫ですら燃えたらそこからパニックになるぞ」
「ええ、そうなの?」
「そうだ。難民どころか市民にすら備蓄の詳細は教えていないんだ。空っぽの倉庫が焼けたら食糧が焼けたと誤解する」
食糧庫が空だと伝えたらパニックだ。最悪、集合場所が襲撃されかねない。
「でも、守り切れないよ?」
メアが言うのなら現場レベルでは守り切れない。そして俺が出来る事も無い。お手上げか。
「私が魔法で食糧を作ります!」
「数人分ならまだしも、数千人分は無理よ」
シーナがとんでもない事を言い出し、アメリアがそれを窘める。『クリエイトフード』系列の魔法なら確かに食糧問題は解決する。シーナが無理をしても100人分確保出来るか分からない。それにシーナはただでさえオーバーワーク気味だ。これ以上継続的な負担は増やせない。
「無いなら作る。そうだよな! そんな簡単な事に気付かないとは!」
俺はテーブルをドンっと叩く。
「主君、何か名案が?」
「シーナのおかげで気付けた! 食糧問題はこれで解決できる!」
そして俺は自信満々に解決策を提示する。
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