182 ラディアンド籠城戦 作戦(表)
ラディアンドは公称50万人都市だ。追加で流民20万人。近隣農村に農民200万人。50万人都市を支えるには近隣農村に450万人必要だが、ラディアンドは地方の中心都市として貿易で栄えている。農業収入の不足分は輸入で補っている。位階10以上の戦える人間は2千人前後。辺境伯軍は1400人程度だから残り600人は冒険者と傭兵だ。
ラディアンドには難攻不落の代名詞となっているドワーフ製の高さ20メートルの城壁がある。1000年近くの歴史で一度も外敵に攻め落とされた事が無い。内部からの裏切りで2回、飢え殺しで1回落とされている。なので本来は絶望的な戦力差であるオーク軍200万人相手にも勝てると民は楽観視している。長期の攻囲はオーク軍の軍制上不可能であり、それを見越して50万人が数か月籠城できるだけの備蓄がある。戦争開始前とは言え、士気が高いのは良い事だ。
ラディアンドの水源は町を二分する様に北西から南東に流れている川だ。川の上にも城壁があり水の中には鉄格子が刺さっている。泳いでラディアンドに入る事は不可能だ。懸念があるとすれば、川を越えてそびえ立つ城壁は過去のドワーフ製で現在のドワーフでは簡単なメンテしか出来ない。辺境伯が量産している魔導鎧の質を見るとメンテ技術に懸念が出るのは不思議ではない。
TRPGのお約束で難攻不落の城塞都市は落ちるものだ。ルルブの籠城ルールを参考に俺なりの考えをリルに伝える。
「アッシュ、ここに居たのは良かった」
「マックスじゃないか。城で会議じゃないのか?」
俺とリルが食べ終わり、籠城時の懸念ポイントを見て回ろうと話している時にマックスがテーブルに近づく。リルは立とうとするが、マックスが手で制する。あくまでただの騎士爵を装うつもりだ。
「作戦が決まった。今は百人隊長が配下に説明しようと走り回っている」
優雅に座りながら上品にパンを食べる。動作一つ一つが絵になるのは卑怯だが、正体を全然隠せていないのは今更か。
「辺境伯の作戦か。ゾッとしない」
「そう言うな。少なくてもこの段階で変な作戦ではない」
「マックスがそう言うのなら信じよう」
ユーグリン王国の軍制は実にシンプルだ。兵力の多さが発言力の強さに直結する。その上で爵位ボーナスが上乗せされる。侯爵と辺境伯が同程度の兵力なら侯爵の発言力が一番強い。だが辺境伯の兵力が侯爵より2割多いなら、軍は辺境伯の言葉で動く。
この籠城戦で全軍を指揮する万人隊長の地位は辺境伯のものだ。何せ公称50万人の兵力を持つのだから。実際には1400人で計算されるが、50万人まで増員出来ると言う事実は重い。ナンバー2の千人隊長は100人ほど連れて来た侯爵だ。その下に50人前後の兵力を持つマックスと5人の伯爵が百人隊長に就任する。マックスの兵力は宰相家から出ているが、ヘンリーはマックスの下に付く十人隊長扱いだ。600人の冒険者と傭兵を束ねる者が複数居るはずだが、貴族では無いと言う事で発言力は無い。
各貴族は発言力を上げるために傭兵を高値で雇おうとしている真っ最中だ。マックスとヘンリーはカーツを雇おうとしたがにべも無く断れたそうだ。籠城戦で地元の領地持ち貴族以外に雇われたい傭兵なんて存在しない。それにカーツ団は構成員の半数以上が魔導鎧に乗れるダンジョン攻略者だ。リルが小耳にはさんだ噂によるとカーツ団の魔導鎧乗りは通常傭兵の12倍前後の値段を打診されている。恐らく給料10倍で騎士爵か給料20倍のみ辺りで落ち付く。もっと上の城爵を目指すカーツに取って今の流れは好ましくない。しかし団員の生活を考えるとこの旨い話を蹴ったら団員が大量離脱する。
総兵力2400人は多いのか少ないのか。ラディアンド地方全軍ならギリギリ1万人を超えるので少ないと言える。だが1万人で籠城しても遊兵が多くなりすぎる。それにオーク軍の別動隊に対処できなくなる。辺境伯には考え合っての事だろう。
「籠城戦は特殊防衛と通常防衛に別れる。5伯爵が通常防衛を担当する」
オーク軍の監視、城壁から攻撃、衛兵と協力して治安維持、そして小規模部隊が侵入した際の対処などだ。任務がラディアンド内で完結するなら位階10未満の人間の動員が前提にある。多分位階8か9のミリス辺りはいの一番に駆り出される。
「特殊防衛は私、侯爵、辺境伯が中心になってやる。辺境伯は主に重騎兵による突撃。侯爵は城壁からの魔法攻撃」
「マックスは何をするんだ?」
「心して聞いてくれ。ヘンリーが聖女の警護をする。そしてアッシュが空からオーク軍を奇襲する」
「「……」」
俺とリルは理解が追い付かない。
「アッシュなら魔導鎧で城壁を越えられる。アッシュの『アイテムボックス』に魔導鎧を入れて、他の操縦者がアッシュの背中に貼り付けば敵中に魔導鎧部隊を展開出来る」
「出来るか出来ないかなら出来るのか?」
空挺部隊みたいな感じか? この世界にそんなイメージを持てる人間が居るのは不思議だ。
「辺境伯がアッシュの決闘を見て理論を完成させた。私も見たが、理論上は上手く行きそうだ」
「土壇場で試すにはリスクが大きい。……ヘンリーのしわ寄せか?」
俺への理不尽な命令とヘンリーの気の抜けた任務に露骨な差が気になる。
「……そうだ」
当てずっぽうで言ったのに正しかったみたいだ。良し、もう心の中でヘンリーに謝るのは止める!
「マックスとヘンリーには世話になっている。出来る限りの事はする。とは言え、ちょっと話が見えない」
「ありがとうアッシュ。ちょっとややこしいんだが……」
そう言ってマックスが事情を説明し出す。マックスがヘンリーを伴わず、人が疎らになった食堂で隠れる様に俺と密会するのに頷ける。ここまで中央貴族のみを嫌らしく狙い撃つとは辺境伯は何十手先まで読んでいるのだろう? マックスとヘンリーと言う重しが近くにいる限り、俺が辺境伯に勝てる可能性は万に一つも無いのを再確認できたのは収穫だ。
応援よろしくお願いします!




