018 廃寺院 乱入
ゴブリン達は遠巻きに俺とマックスを別々に包囲して動きを見せない。合流しようとすると必死に止めるが、それ以外では距離を詰めようとしない。ゴブリン達は俺たちが疲労で倒れるのを待っている。俺は『吸血』さえすれば大丈夫だがマックスはそろそろ限界だ。彼は剣を床に突き立て、片膝を付いて少しでも疲れない様にしているが、包囲されている状態では気休め程度にしかならない。
更に俺たちの視界を奪うために俺たちを包囲しているゴブリン以外は部屋にある灯りを消した。『暗視』を持つ俺には無意味だが、マックスの精神は順調に追いつめられている。我慢できずに近くのゴブリンに襲い掛かればそのまま殺されるだろう。俺は決断しなくてはならない。人をやめる覚悟でマックスを助けるか、それともマックスを見捨てるか。マックスを見捨てた所で誰かにとがめられることは無い。面倒な知り合いが消えてその方が後々動きやすいじゃないか。
本当にそれで良いのか?
前世の俺にはそれを出来る力が無かった。現実と言う壁にぶち当たり、ブラック企業で粉々にされた俺では助けようとする気力さえ枯れ果てていた。だがこの身体なら? この力なら? 分からない。長年染みついた負け犬根性は転生した程度では変わらない。俺は分からないがクロードならきっと助けた。そうする気がする。
「諦めるな! まだ終わっていない!」
俺は気力が萎えて今にも崩れ落ちそうなマックスを激励した。その一言でゴブリンの目線は俺に集中した。予想外に元気な獲物をどう料理しようか涎を垂らしながら考えている目だった。ようは数百匹のゴブリンを殺してマックスを守り切るだけだ。
「来いよ。と言っても来ないか。なら俺から行くぜ!」
俺は踏み込んで包囲しているゴブリンを突き殺した。それを見たゴブリン達が俺とマックスの合流を阻止しようと動く。一瞬だが包囲に綻びが出来た。
「マックスさまぁぁぁぁ!!」
マックスを包囲しているゴブリン達が火属性のエリア魔法で吹き飛ぶ。そして大声でマックスの名を半狂乱になって叫ぶ男と、彼の後ろから来る十人以上の騎士。装備、そして盾の紋章からラディアンド辺境伯の手勢だ。彼らは丁度マックスに近い通路から出てきたところを見ると、恐らくあれが上に通じている通路だ。ゴブリン達が豚を運び入れるために使う抜け道とは違うのは俺にとって嬉しい事だ。
「ヘンリー! 来てくれたか!!」
「遅くなって申し訳ありません! ですがもう安心です。後は私めにお任せを!!」
「ヘンリー殿はマックス卿と一緒に後方に。ここは我ら辺境伯騎士団の仕事です」
主従揃って戦う気でいるマックスとヘンリーを騎士が止める。部外者の貴族がモンスターの住処を掃除したとあれば、辺境伯の名に傷が付く。ここで引かせて残りのゴブリンを始末すれば辺境伯の面目は保たれる。
「くっ! 分かった。だが、もう一人居るんだ。彼も助けてくれ」
「……」
「助けないのなら、私は退かない!」
無言の騎士にマックスが今にも掴みかからんばかりに抗議する。疲れているマックスを軽くいなし、騎士は問う。
「その男は何処に?」
「あそこに居るだろう!」
マックスは俺が立っていた場所を指刺すが、そこには誰も居なかった。あの爆発の混乱で俺は抜け道の近くまで走っていた。『暗視』が無い人間とゴブリンでは俺が何処に居るのか気付くことも出来ない。念のために焚火近くで手に入れた虫食いのローブを頭から被っているので特に目が良い奴が居ても俺の顔までは分からない。顔を隠しているゴブリンとしか認識できないはず。
「マックス様、誰も居ませんよ」
「バカな……。まさかゴブリンにやられたのか! アッシュ! アーーーッシュ! ぐふっ」
大声を上げるマックスを騎士が後ろから叩いて気絶させた。
「な、何をする!」
「マックス卿を後方に」
抗議するヘンリーを無視して命令だけ冷静に伝える騎士。的確な判断だ。今のマックスはただの足手纏いに成り下がっている。それが分かっているのか、ヘンリーはそれ以上は何も言わずにマックスを背負った。ヘンリーが数人の護衛騎士と撤退する。それを確認して騎士が「殲滅せよ」と低い声で命令した。今か今かと待っていた騎士たちは奇声を上げてゴブリン達に突っ込んだ。
騎士が無双するのを見る趣味は無いので俺はゴブリンが使う抜け道を使って廃寺院の外に出た。這い出る前に廃寺院の周りを見たところ、馬と留守番の従士が居る程度だった。この穴の事は知らないのか、ここは監視していなかった。
「ゴブ! ゴブ!」
「後ろから来たか!」
パニクったゴブリンが逃げ出すために抜け道を登ってきた。もう少し辺りを確認したかったが、ゴブリンが溢れ出す状況では俺が乱戦に巻き込まれる。矢が飛んでこない事を祈って俺は穴から飛び出し、近くの茂みに飛び込んだ。必要以上に大きい音を立てたので俺の姿を見てなくても音は確実に聞こえたはずだ。これでゴブリン達が出て来ても奇襲されて全滅する事は無いだろう。マックスの帰りの足が潰されては可愛そうだからな。
そして俺はこの廃寺院から一刻も早く離れるために振り返らず走った。
「少し都合が良過ぎる」
俺の独り言は闇がかき消した。
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