179 侯爵家とルビー 中
しばらくして光が収まる。
「おお! まさしくラディアンド王家直系しか持てぬ『炎神の加護』だ!」
侯爵がルビー……アメリアに抱き着く。何か凄くヤバい事を口走っているが無視する。家臣も一名を除いて所憚らず泣いたり神々に感謝を捧げている。事情を知らなければ怪しい宗教団体にしか見えない。
「お……爺様、人が見ています」
どうやらアメリアも認めるらしい。あの石に触る事で様々な情報を強制インストールされたのだろう。やはり加護は真っ当なものじゃないと再確認する。
「そうじゃな!」
侯爵は上機嫌で椅子に戻る。孫娘と再会できた事で10年は若返った感じがする。
「アッシュ卿よ、孫娘に引き合わせてくれた事を感謝するぞ!」
「これも神々の導きなればこそ。されど家中はアメリアの帰還を喜びますまい」
王国中央では「神の導き」だがラディアンド地方では「神々の導き」の方がポピュラーだ。些細な事だが、外すと老人は五月蠅い。
「そんな事は無い! 何を根拠に!!」
激昂する侯爵を軽く流す。さて、俺の足りない話術で何処まで通じるか。
「これまでアメリアは2回違法な手段で奴隷落ちさせられそうになりました。
最初の1回は冒険者ギルドの登録時の署名を偽装する方法が使われました。
リルが書類を奪っていなければどうなっていたか。
2回目は決闘時に流民が誘拐した所に奴隷商が直接乗り込んで来ました。
私が宰相家を動かして救助していなければどうなっていたか」
偽造署名は簡単でも奴隷契約の書類は偽造し辛い。正規の書類を違法に使う事を強制させられる誰かが後ろに居ると言う事だ。
「うぬぬ……」
唸る侯爵に畳みかける。
「2回目の主犯は侯爵家の人間だと言う証拠を得ています」
「まさか!」
信じられないと言う顔で侯爵が固まる。アメリアにも話していないが、彼女は知っていた様に振舞っている。
「主犯が接触していた奴隷商の惨殺死体はマチアスの屋敷で発見されました。そのため未熟な奴隷商の息子が父の仕事を引き継ぎました。おかげで主犯に繋がる情報が多く出ました。その奴隷商の身柄は宰相家が抑えています。聖女シーナ狙いと思われていたため、厳しい拷問の末に全て吐きました」
全員が俺の話に耳を傾けている。ここまでは全部本当の事だ。ここからが勝負だ。
「主犯はラディアンド在住ではありません。そして先日アメリア引き渡しのためにラディアントに到着しました」
ラディアント防衛のために来た侯爵家と一緒に動いた人物だ。侯爵家以外の可能性はあるが、それでも奴隷商にここまで便宜を強制できる貴族なんて50人もいない。
「貴族であろうが、私の家臣である証拠は?」
「閣下に見つからない様に動いていました。露見覚悟ならかなり以前にアメリアは奴隷落ちしていたでしょう」
「それだけでは……いやそうなると……」
侯爵も気付く。ルビーがアメリアだとは誰も知らないし、ブラッドストーンを使わないと身の証を立てられない。髪の毛が赤みがかったブロンド自体から執心するのは何かの確証がある人物だけだ。そしてそんな動機があるのは侯爵家の人間だけだ、と俺は考える。
「30点と言った所ですが、閣下に免じて名乗り出ましょう」
アメリアの生存を知っている素振りの家臣が前に進み出る。他の家臣は「信じられない」と言う顔をしている。これ以上は推論と状況証拠になるから、良い所で出て来た。だが30点? バレない自信があったのならなんで出て来た。そして俺は反射的に叫んだ。
「止めろルビー! 罠だ!」
ビクッとしてアメリアの動きが止まる。一秒遅れたらあの男は火達磨になっていた。男は「チッ」と明らかに舌打ちをする。
「何故止めるのです!?」
アメリアの猛抗議にタジタジになるも、とにかく話を聞くように落ち着かせる。
「殺されるために名乗り出たからだ。あいつをここで殺せばアメリアの不利益になる。ま、カンだが……」
「何故だ! 何故黙っていたハインリック! フェルナグッドの乳兄弟だった貴様がよりによって……」
俺が確認を取れる前に激昂した侯爵が叫ぶ。
「ラディーフェル侯爵家のためです」
ハインリックは気圧されずに答える。となると侯爵家のためにアメリアに殺されるつもりだったか。ヤバい、全然理解できない。
「アメリアを奴隷に落とす事がお家のためか?」
「奴隷なら殺しても問題ありません」
奴隷に落として殺害なんて回りくどい事を。となるとシーナは完全にとばっちりか。アメリアの暴発を抑えられる自信が無くなって来た。暴発した際の逃走ルートはあるか?
「アメリア・ラディーフェルはラディーフェル侯爵家当主たる私、バーナード・ラディーフェルの孫娘である。この時よりそう扱わぬ者は侯爵家の怨敵とする!」
侯爵が何か思い立って大声で宣言する。俺は領地名と家名が一緒なのは珍しいとしか感じないが、家臣一同の反応は違う。
「「我ら家臣一同、この時よりアメリア様を姫様として扱います!」」
高位貴族の娘を慣例で姫と呼ぶ事があるが、言葉に込められたニュアンスからそれとはちょっと違う気がする。
「ハインリックよ、これでもアメリアを害すと言うか?」
「いえ、こうなっては手遅れです」
部外者では分かりえない侯爵家のお家事情で何かあるのか? 俺が聞いた方がアメリアのためか。
「ギドルフ殿とのお家騒動を心配しているのか?」
「ははは、これは少々買いかぶったか。この程度のお家騒動なら歓迎だ。弱き当主に従う家臣はいない」
ハインリックに笑われる。アメリアの機嫌がグーンと下がっているんだが?
「辺境伯?」
「流石姫様、素晴らしい」
アメリアが正解か。辺境伯と旧王家の証を持つ女。男と女。ああ、そう言う事か。良し、ぶっ殺そう!
「辺境伯が王になるにはアメリアを娶る必要がある、と言いたいのか」
俺の発言にハインリックが頷く。
辺境伯がユーグリン王国から独立を宣言するだけなら地方貴族を本人の実力と家の武力で黙らせる事が出来る。しかしユーグリン王国はこの動きを認めないで懲罰軍を派遣する。辺境伯と懲罰軍の戦いになれば地方貴族はどっちに付くか。少なくても辺境伯は「期待出来ない」の烙印を押している。戦力として期待出来るのならもっと早く独立している。
地方貴族を従えるために必要なのは血筋だ。旧王家の女性であるアメリアを娶り戴冠を強行すれば王となった辺境伯を頂点とする新生ラディアンド王国とラディアンド王国軍の誕生だ。地方貴族はこぞって『炎神の加護』に集う。となると地方貴族の忠誠を二分する侯爵家の『炎神の加護』が邪魔だ。辺境伯ならギドルフと侯爵家の忠臣を粛清する。
「そんな面倒な女が貴様を閣下の前で火葬すれば、家臣が危険視して侯爵家への復帰を反対したか。貴様の考えも結構行き当たりばったりだな」
「姫様を殺害しようとした責任を取り、祖父と孫娘が心穏やかに暮らすにはこの方法しか無かったので。閣下とアッシュ卿のせいで全部不発です」
ハインリックの最後の行動はアメリアのためだと聞いて、アメリアは驚く。そんな男を怒りに任せて火葬しようとした事を後悔しているのか、知ったがゆえに火葬できないのが残念なのか判断できない。
「ハインリック、不器用な男よ。だがアメリアにした事で罰を与えねばならん」
「覚悟の上です」
「ハインリックをアメリアの守役に任ずる。立派なレディに育て上げよ!」
「はっ、無きフェルナグッドに誓って必ず!」
侯爵とハインリックの間でとんとん拍子に話が進む。
「ええ!? お爺様ぁぁぁ……」
そして久しぶりにアメリアの年相応の悲鳴を聞く。
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