176 ラディアンド籠城前夜 後始末
その日の夕方、俺は馬車の準備が整うまでここ二日の出来事を振り返る。マックス邸から侯爵邸までは徒歩で行ける距離なのだが、馬車で乗り付けるのが作法だ。面倒くさい以上に金が掛かる。今は戦時特例で宰相家が支払いを持ってくれているが、本来は馬車も屋敷も俺が自弁しないといけない。大半の貴族は俸禄か税収以外に稼ぐ宛がないため家計は常に火の車だ。クロードの父親みたいに戦働きするか実家が金持ちの第二夫人を娶るかして体裁を整えるのがやっとだ。クロードの記憶を得た時にこれはユーグリン王国の構造上の欠陥だと思った。だが半年ばかりここで生活する様になって、この欠陥は王家が武力を持つ貴族に首輪を嵌める政略の可能性に思い至る。少なくても俺の怨敵たる辺境伯のこれまでの行動から推察すると、その考えでラディアンドの再独立を企んでいると思われる。
「大変ねー」
シエルのクスクスと笑う声が聞こえる気がする。近くに居るのは感じるが決闘終了後は姿が見えない。俺に流れているエルフの血が足りないか『妖精使役』スキルのレベルが低いためだと思う。風の大精霊ブーストがある魔導鎧の中だと普通に見えて会話も出来るはずだ。決闘時は生き残るために契約したが、今思うとシエルはかなり変な妖精だ。余裕が出来たら専門家に相談しよう。
「ばーれたかー」
キスケの魂が縛り付けられていたスカルワンドはマックスがその場で破壊し、『天魔法』でキスケを成仏させた。シーナに任せるつもりだったが、マックスがやりたいと言うので任せた。第4王子が邪教の技で囚われていたエルフの姫様の魂を解放した、なんて歌を吟遊詩人が歌っているが自業自得だ。マックス本人は満足しているが、王族が軽々しく『天魔法』を披露した事は政治的なマイナスであり、その事で宰相家の人々からお小言を食らったらしい。
「大いなる泉に帰ったよー」
宰相家と言えば、ヘンリーの魔導鎧がまた面倒な事になっている。「弁償しろ」と言われたら次のダンジョン攻略の稼ぎをそれに宛てるつもりだったが、そんな話は一切ない。ただ王都から来ている『アイテムボックス』持ちが魔導鎧を分割収納し、グリフォンライダーの背中に抱き着いて急ぎ王都へ帰った。ヘンリーから聞いた話では「悪魔を倒した聖なる魔導鎧は大神殿で祝福され、聖騎士に貸し出される」そうだ。事実上神殿による没収だが、神殿に寄進した扱いの宰相家の名声は更に上がるので総合的に見たら大幅にプラスらしい。ガングフォールを始めとしたデグラスの魔導鎧鍛冶は今後数年は引っ張りだこ間違い無しだ。対照的にラディアンドの魔導鎧鍛冶の名声は地に落ちた。
決闘終了後は俺とルビー達は現在滞在しているマックス邸で合流した。合流時にルビーに一発引っ叩かれた以外は特に語る事が無い。お互いの体験を軽く話し、その日は死んだように眠った。実際に目が覚めたのは次の日の夕方だった。王家と辺境伯家にはその方が都合が良かった。朝早く起きて外出しようとしたら力尽くで止められていた。で、俺達が寝ている間に王家と辺境伯家で手打ちの内容が勝手に決められて、その集大成として今日の叙爵式があった。
「勝手だよねー」
手打ちで辺境伯が俺を許すと言う業腹な内容になったが、貴族の権力構造上受け入れるしかない。俺が謝罪するのなら受け入れなかったが、辺境伯が一方的に宣言するだけなら聞き流そう。辺境伯は今回の邪教徒騒ぎには関係しておらず無罪となる。下手に有罪とするとこの地方が不安定化するので無罪か族滅の二択しかないため、この結果は予定調和だ。
「許すなー! 討ち入れー!」
決闘で得た物は辺境伯が買い取る事になり、叙爵式前の朝早くから『アイテムボックス』の中身を吐き出した。戦死した騎兵は戦争を考えれば大損害だが、装備を返す事で後継者を立てる事が出来る。練度不足でも騎兵を一定数揃える事は出来るので辺境伯家としては嬉しい。ダウガルド家の魔導鎧は足が一本残っただけだが、それは買い取られた。ニルス・キルケガルドの魔導鎧は中の死体と一緒にキルケガルドへ無償で返した。ダウガルド家は三族連座で家中の人間は既に中央広場に吊るされている。キルケガルド家は魔導鎧を辺境伯に返納してお家断絶だけで済んだ。無価値を通り越して負債になったダウガルド家の家督は地方男爵位の平均的な売却額で買い取られた。最終的に市民なら20年は遊んで暮らせるだけの資金を得るも、今後の予定を考えると一月持つか不明だ。
「パーッと使おうー」
なんで手打ちに入っているのか分からない条件としてシーナの身柄は宰相家預かりとなる。ラディアンドの二級市民を宰相家がどさくさに紛れて強奪した感じだ。辺境伯に使い潰されるよりはマシだと信じよう。その上で戦意高揚のために叙爵式で俺とシーナのお披露目をする。これは今日の昼に終わった。他には俺たちに関係が無い細々した取り決めがあるが、詳細は右から左だ。数日中にオークとの戦端が開かれる状況で無ければ一月以上はしっかり捜査して数か月は手打ち協議に掛かる。戦争のために急ぎ臭い物に蓋をしたが、結果的に運命すら辺境伯に味方している形だ。
「私と契約して無双しようよー」
せめてもの意趣返しとして昨晩唯一位階10に到達していたシーナを『光魔法』レベル6に上げておいた。活躍を聞く限りルビーも位階10に上がるだけの経験値を得たはず。位階9で止まっているのは俺同様に糞面倒な試練の壁に当たっているからだ。けた違いに強い超越者の加護を受けている代償として受け入れるしかない。
「私の事を考えているって顔をしていますね?」
「じ、自意識過剰だ!」
ルビーの事を考えていたら本当にルビーが来た! まさか顔に出ていた? 本能的に数歩後退りする。その分ルビーが詰めて来る。
「怪しいですね。それはそうとこのドレスは変ではありません?」
赤いドレスを着たルビーはそう言いながら俺の傍に立つ。すっかり赤くなった髪の毛の影響で頭から足まで真っ赤だ。マックス邸の侍女に金を握らせて急ぎで仕立てて貰ったので心配していたが、杞憂だった。特に肩の露出度の高さからマックスかヘンリーが女性を引っ掛けた際に着せるドレスを転用したのが分かる。
「綺麗だ……あ、いや忘れて……」
ついつい本音が!? ルビーも反撃せずに顔を赤らめて下を向くし、どうやって会話を続けたら良いんだ? クロードはルビーを「俺の子供を産むに相応しい相手」としか見ていなかった。クロードは気付いていなかったが、ルビーはそんなクロードを明らかに嫌っていた。だからルビーは俺を異性として認識していないはずなのに、この反応だと俺が誤解しそうだ。
「あ、ああ……冒険者ギルドはどうだった?」
とにかく話題を変えるんだ! ルビー達は今朝冒険者ギルドに呼ばれていた。リルから既に話を聞いているが、ルビーなら違う視点を持っているだろう。
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