171 闘技場 悪魔鎧戦 上
この絶望的な状況をどう脱するか。
逃げるか? 決闘でなければ確実にこれを選ぶ。俺が逃げればマチアスだった悪魔が勝者になり、俺は砦失陥の責任を取らされ死罪となる。悪魔化した時点でマチアスは死んでいると主張しても、マチアスを倒して死体を確認しない事には確定出来ない。となると人間的な生活を捨てて世捨て人になるか王国を突っ切って南方の帝国に逃げ込むか。駄目だ。逆転の目があるのなら世界の裏側まで逃げるが、ここで逃走しても事態は好転しない。
戦うか? 今のマチアスには強者のオーラがある。更にユニークエネミーなのかルルブに該当するモンスターデータが無い。手も足も出なかった下級悪魔戦と圧倒的劣勢だったオークチャンピオンを生き残れたのはルルブ知識による戦術構築が大きい。ノーヒントで準備が出来ていない格上との戦いは死亡フラグでしかない。こうなるのを予想出来るわけないとはいえ、シーナが『リザレクション』を使える位階まで先に上げておくんだった。レベルキャップで苦しんでいる俺が倒せないモンスターを大量に狩らないといけないのでやはり非現実的か。
俺が死にそうになったらまたクロードが前面に出て来る事に期待するか? 教祖の頭を潰した後は満足して眠りについたみたいだが、俺がピンチになれば助けてくれる。俺は頭をブンブン横に振ってその考えを捨てる。明らかにアンデッド寄りのクロードを頼れば頼るほど俺はアンデッドに近づく。俺自身は良くても俺の大事な人間が無事に済むとは思えない。
「ちぃ!!」
考えが纏まらない内にマチアスが突進してくる。槍で攻撃をブロックするも相手とのパワー差はけた違いだ。魔導鎧の両足が悲鳴を上げながら後方に押し込まれる。このまま後ろの壁に埋め込まれたら確実に死ぬ。
「負けるか!」
重心を落として壁に激突する寸前でマチアスを止める事に成功する。
「がはっ!」
止めたと思ったら左に強い衝撃を受けて右に飛ばされる。数回無様にバウンドしながらも立て直す。
「回し蹴りか」
魔導鎧の左腕は完全に動かない。両足からは甲高い異音がする。宰相家の資金とガングフォールの腕が作り上げた傑作魔導鎧がこうも一方的に壊されるとは! 辺境伯の魔導鎧ならあの蹴りで天地分割されていたと思うとガングフォールには感謝しないといけない。それでもこうなるとちょっと固い棺桶とそう大差ない。
「ゲェゲェゲェ」
少し前なら「笑うな!」と叫んでいたが、今は相手が笑う方がありがたい。格下の俺を自身の嗜虐趣向を満たすために嬲っている限り対策を講じる時間が取れる。TRPGでは拠点に籠る自信満々のエルダードラゴンが本気にならない内に殺すのが上策とされる。生憎エルダードラゴンと違い、マチアスからは油断を感じられない。遊んでくれるのは後1回。その攻撃が終わるまでに腹を括らないと死ぬ。
転生時に『ウィッシュ』を1回じゃなくて3回まで粘るんだったと後悔するが既に遅い。手持ちの札では勝負にならない。ちょっと手遅れ気味だが、溜まっている経験値でレベルアップ出来ないかなと夢想する。
「当たるか!?」
パンチを放つマチアスを『跳躍』で回避するも足が持たない。倒れ込んでいる最中に右手で大地を叩いて無理やり魔導鎧を立たせる。俺の基本戦術である高速機動は封じられたとみるべきだ。空振ったパンチは闘技場の壁に当たり大穴を開ける。逃げ遅れた観客がパンチの衝撃波でミンチと化している。マチアスはそれを数瞬見てから俺に目を向ける。
今のマチアスにはかつてのマチアスの人格とか記憶は一切残っていないはずだ。それなのにより簡単に食える獲物である観客には目を向けず俺だけを見ている。マチアスの「アッシュを殺す」と言う妄執があの悪魔の最優先行動原理となっている。
最悪だ。俺が生きている限り、あの悪魔は俺以外を狙わない。貴賓席の貴族は確実にそれを見た。彼らは生身で援護する事を辞め、屋敷から魔導鎧を取り寄せて万全の状態で戦う事を選択する。魔法使いもその時まで詠唱のみに留め、援護攻撃はしない。正しい判断だ、糞ったれ! 俺が生き残れる可能性が更に0に近づいた以外は完璧だ。
万策尽きる。他の貴族の反撃準備が少しでも整う様に無様に逃げ回って時間を稼ぐ事しか出来ない。
「ははは……」
「ゲヘヘ」
余りの事に笑い出す。マチアスも釣られて笑う。
ふざけるな! 最後の最後まで誰かに利用されて終わって堪るか!
「俺が怖くて悪魔に魂を売った男が何を笑う! 貴様は俺が倒す!」
「……」
マチアスの顔から笑みが消え、憤怒の表情でパンチを放つ。
「受けて立つ!」
俺はまだ動く魔導鎧の右腕でパンチを放つ。拳と拳がぶつかれば魔導鎧が押し負ける。拳がいかれたら今度は頭突きだ。そして最後は生身で挑むまで!
「グギャアアアア!!」
拳と拳がぶつかり、マチアスが右手を抑えて数歩下がる。すぐに再生するとはいえ、血がマチアスの右腕から噴き出す。そして俺の魔導鎧は傷ついていない。これは本来ならあり得ない展開だ。
「遅い! 遅いんだよ!!」
俺は観客に聞こえる事を忘れて叫ぶ。周りは俺が狂ったとでも思うかもしれない。だが気にするものか。
なぜなら俺の右手の甲には風の聖戦士の紋様が浮かんでいるのだから。
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