表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
166/416

166 闘技場 騎兵戦

 審判の決闘の開始を宣言すると同時に『アイテムボックス』の魔導鎧を取り出す。急に現れた魔導鎧にマチアス側は固まる。俺は彼らが何らかのリアクションを取れる前に魔導鎧に乗り込む。


「魔導鎧は動き出せるまでに時間が掛かる! 今ならただの置物だ!」


 マチアス側の誰かが叫ぶ。それを聞いて時間が無いと勘違いした徒歩の参加者が10人ほど雄叫びを上げて俺目掛けて走り出す。


「時間遅延効果があるのか!?」


 近寄った敵を華麗な槍さばきで瞬殺するのを見て、マチアス側から再度声が上がる。今回のは重騎兵の誰かだろう。『アイテムボックス』レベルが上がると時間遅延効果があるのを知っているのはある程度の身分がある貴族のみだ。


「せめて時間停止と言ってほしいものだ」


 ちょっと誇張して言う。一部時間停止出来るのは本当だから嘘じゃない。


「そんな高レベルの『アイテムボックス』持ちがいるだと!?」


「マクシミリアン第4王子の荷物持ちを余り侮らないで貰おうか!」


 マックスの名前を勝手に使うのは憚られるが、俺がフリーだと知られたらどんな勧誘合戦に発展するか分からない。それならまだ気心が知れたマックスの荷物を持つ方が気が楽だ。転生したら気楽で自由に生きる計画は何処で頓挫したのか。まだ半年も経っていないのに柵だらけだ。


「騙されるな! ハッタリに決まっている!!」


 重騎兵の一人が声を張り上げる。


「殿下は数か月前にダンジョンを攻略した。その時に私も居たのを知らないのか?」


「まさか……」


 王家対辺境伯家に持って行きたい俺と、それだけは絶対に回避したい辺境伯家臣の間で鋭いやり取りが続けられる。残念だが、俺とマックスが積み上げて来た軌跡はそう簡単に否定できないほどに積み上がっている。マックスが極少数でダンジョンを攻略した話は既にラディアンド中に蔓延している。マックスの名声を高めると同時に、そんな人数でダンジョン攻略を可能にした『アイテムボックス』持ちの正体は様々な憶測を呼んでいる。希少な『アイテムボックス』スキル持ちはラディアンド地方全土で二人居たら良い方で、ユーグリン王国全土でも二十人は居ない。即ち、本来は王家の第4王子に与えられる事は無い高級人材だ。何かの手違いで一人貸し出される事はある。マチアス側の常識では、その貸し出された『アイテムボックス』持ちが俺だと考えるしかない。偶然マックスが野良の高レベル『アイテムボックス』持ちと出会ったなんて主張したら末代まで笑い者だ。


「グヘヘ、イヅマデ(いつまで)駄弁っている! ゴロゼェ(殺せぇ)!」


 薬か何かで気が大きくなってもマチアスはしょせんマチアスか。マチアスが騎兵と一緒に最初に突撃していれば絵面だけは良かっただろうに。そうすればマチアスと一緒に無駄死にする人間の名誉だけは守られていた。


「仕方ない! 軽騎兵は陽動、重騎兵は突撃だ! タイミングを合わせろ!!」


 20騎の重騎兵が二列に別れ突撃して来る。生身ならさぞ脅威に感じたことだろう。前世の戦車以上に正面装甲が頑丈な魔導鎧に重騎兵の槍は通じない。無論相手もそれは百も承知。俺がアドリアンにやった様に関節の隙間を刺して行動不能に持ち込むのが狙いだ。40騎の軽騎兵も投縄と投槍で俺の注意を逸らす。60騎がまるで一つの生き物のように動く。素人目でも相当訓練しているのが分かる。


 重騎兵を使えるレベルまで育てるのに5歳から訓練を開始しても20年は掛かる。位階レベル15と各種『騎乗』スキルレベル3が最低条件だ。他の職種ならこれだけあれば上がりが見えて来るが、重騎兵はこれがスタートラインだ。バカ高い装備とその装備が安いと錯覚するほど維持コストが掛かる専用の軍馬数頭。軍馬のために専用の厩舎と訓練施設が必要なのは言うまでもない。個人で維持するのは事実上不可能であり、伯爵以上の大貴族が私財を投げ打って維持するしかない。ラディアントと故地の伯爵領を持つ辺境伯でも100騎は維持出来ないだろう。


 そんなエリート中のエリートである彼らはこの一糸乱れぬ突撃で俺の魔導鎧を行動不能に出来る絶対の自信がある。重騎兵の育成コストを考えればラディアンドで造っている魔導鎧相手に実際に何回も試して動きを完璧に仕上げたのは想像に難くない。彼らの血の滲むような努力が無駄だと伝える側に回るのは辛い。


 ダンジョンドレイク戦で大破したこの魔導鎧は宰相家が金に糸目を付けず修復強化を依頼し、王国では三指に入る鍛冶師であるガングフォールが技術の髄を込めた魔導鎧だ。そしてグランドマスターとしてラディアンド製の量産型を唾棄すべきゴミと豪語したドワーフの意地が詰まっている力作でもある。


 重騎兵の槍がピンポイントで魔導鎧の関節に当たり、槍が音を立てて砕ける。この魔導鎧は防御を固めた時に魔導炉の余剰火力で全体を魔導バリアが覆う様になっている。対重騎兵用のカウンター装備として一流以上の魔導鎧には装備されている。ラディアンド製のはそこら辺をケチっていると思われる。重騎兵の突撃を受けるなんてレアなイベントなのでコストカットに精を出したのだろう。前世はブラック企業に勤めていたから分かる。安易なコストカットの代償は最悪の時に支払うのが定めだ。


「バカな……」


 それが俺の槍に心臓を貫かれたその重騎兵の最後の言葉となる。彼の死体ごと槍を横なぎにして更に数人殺す。馬の足を蹴り、骨折の痛みで大地に放り投げられた騎士を魔導鎧の足で踏み潰す。


「近接戦と……」


 一早く剣に持ち替えた重騎兵の頭を魔導鎧の手で握りつぶす。


「誰か助け……」


「もうやめ……」


 重騎兵と馬の断末魔が闘技場に木霊する。俺は機械的に殺す。降伏禁止のため殺すしかない。人も馬も死んだら『アイテムボックス』に入れる。死体が残っていると次に殺す相手に向かうのに邪魔だ。もはや勝ち目が無いと知ってヤケクソじみた突撃をする軽騎兵も無感情で処理する。軽騎兵が逃げに徹したら馬が疲れるまで待つ時間が怠いからあっちから来てくれるのは助かる。


 観客の方から悲鳴がとめどなく上がる。目を背ける者や凄惨な光景を見て吐く者が絶えない。観客に取ってはこの悪夢のような光景に一生悩まされるだろう。重騎兵は市民の憧れで誇りだ。純粋な戦力で見れば魔導鎧の操縦者と固定砲台になれる魔法使いの方が強い。重騎兵はその二つに次ぐ戦力であるに関わらず、特殊なスキルが無くても成れる。市民も貴族も努力さえすれば重騎兵に成れると夢を見る。成れずに軽騎兵に落ち付く者が大多数だ。心情的には前世の地元にあるプロスポーツチームみたいなものかもしれない。それが一方的に戦略上無価値な場所で同勢力の男に虐殺されている。本来なら数日後に発生するオークの大軍との決戦で華々しい活躍を約束されたラディアント地方軍の花形一翼はもういない。


 俺は心の中でヘンリーに謝る。どう言い繕うともコームグラス家の紋章がデカデカとあしらってある魔導鎧で市民に愛されている重騎兵を虐殺しているんだ。コームグラス家の人間が完全武装しないでラディアンドの町を歩くのは当分無理だ。


「ははは……」


 渇いた笑いが漏れる。こいつらはTRPGのエネミートークンだと自分に言い聞かせる。断末魔は酷いGMがPCから流しているSEだ。次の獲物を求めて俺は一歩踏み出す。

応援よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ