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160 ルビー視点 早く助けに来なさい 上

 私は薄暗いで目覚めます。ここは何処でしょう?


「良かった、目を覚ましたのね」


「シーナ、ここは?」


 衣服が激しく損傷しているシーナが視界に入ります。怪我は治っていますが、首に奴隷の首輪が嵌っています。私が本能的に自分の首筋を触るとそこには固い金属の感触があります。寝ている時に付けられましたか。となるとここは奴隷商の店?


「流民街の何処かみたい」


 石造りの部屋で大きさは四畳半くらいです。施錠されていると思われる鉄の扉が唯一の出入り口です。外の景色が見えないのですが、作りからして地下牢だと思います。


「違法奴隷なら助かる手はあります」


 手続きの不備を突けば解放される目はあります。それと嫌ですが、アッシュと宰相家に直談判すれば助かります。どうやれば直談判出来る場面まで持って行けるか考えないといけません。


「ああ、いつもの奴隷商さんなら昨日来たよ」


 相変わらず全てをありのまま受け入れるシーナの狂いっぷりには眩暈がします。となると奴隷商が流民を使って私達を誘拐したのですか。ですがあの戦場から私とシーナだけをどうやって? アッシュの言っていた「辺境伯家もグル」説が図らずとも補強されます。


 そうなると書類面では完璧に仕上げてくる恐れがあります。首輪を嵌められる前なら以前の様にのらりくらり動けたのですが、既成事実を作られた後では少々厄介です。


「何か言っていましたか?」


「今日回収すると言っていたのに、結局来なかった。迎えが来ると思って小奇麗にしていたのに」


 となると外は夜ですか。しかしあれほど積極だった奴隷商がすっぽかすのは変です。


「理由は分かります?」


「全然」


 こういう時くらい考える事を放棄するのを棚上げして欲しいです。他のアングルで攻めてみましょう。


「他に誰か来ましたか?」


「ここのボスと北の砦から逃げて来た貴族様」


 この首輪の所有者はそのボスになっているみたいです。


 そしてあの貴族と呼びたくない臆病者も来ましたか。彼が奴隷商の先約に横やりを入れた、と思うのは希望的過ぎますか。


「その貴族は何か言っていましたか?」


「え~と、『良い餌だ。俺が食い終わるまで動かすな』と言っていたよ」


「食人趣味でもあるのかしら?」


「うん」


 そこは断言しないでください。彼の狙いが私たちなら昨日回収したはずです。回収しては不利になる状況があると言う事です。「餌」から考えられるのは、私たちを使って誰かを釣る事です。そして彼が釣りたい人は一人しか心当たりがありません。


「さて、この時間は人が来ますか?」


「夕飯を置いた後に、夜中に一回来るだけ」


 シーナは二人分の夕飯には一切手を付けず、部屋の隅に捨ててあります。


「食べないの?」


「アッシュ様が食べるなと言っていました!」


「そうね、ありがとう。迂闊だったわ」


 奴隷に肉を食わせようとするなら裏を疑うべきです。となるとこれが流民街名物の魔物肉料理ですね。絶対に食べてはいけません。ですが喉は乾き、腹は減ります。数日もすれば選択肢が無くなります。これが相手の戦略だとすると、有効だと認めるしかありません。


「お腹が減ったのなら水とパンを作るよ?」


「……」


 それを先に言ってください! 『光魔法』の『クリエイトウォーター』と『クリエイトフード』ですね。『クリエイトフィースト』は流石にスキルレベルが足りません。


「『クリエイトフード』……」


 首輪が怪しく光り、シーナを苦しめているのが分かります。ですがシーナは鋼の精神で詠唱を完了させます。


「ありがとう。どんな感じです?」


「心臓をギュッと締め付けられる感じ」


 パンを二人でシェアしながら命令違反のペナルティの事を問います。一般的な奴隷の首輪です。より高度な奴隷の首輪になるとスキルの発動そのものを阻害するらしいです。これならどうとでもなります。


 それからは小声で最後に覚えている状況を確認し、私は気絶したふりを継続します。夜中の見回りが来てシーナと二言ほど話して去ります。


「どうするの?」


「焼きます」


 そう言って私は詠唱を開始します。同時に心臓が締め付けられますが、この程度の痛みで私の覚悟は挫けません。


「『バーニングハンド』」


 燃える両手で奴隷の首輪を掴みます。衣服が燃え、首輪が溶け出します。心臓の締め付けは更に強くなりますが気にしません。


「燃えなさい!」


 容赦なく火力を上げ、一気に溶かし切ろうとします。


「あれ?」


 途中で痛みが消えます。もしかして首輪の術式を先に焼き切ったのでしょうか?


「『ヒーリング』!」


 シーナも痛みを気にせず私の火傷を治します。おかしいですね。溶けた首輪の鉄で火傷した以外は怪我がありません。顔と首が焼け爛れると思っていたのですが、傷一つ付いていません。アッシュの言っていた「炎神の加護」でしょうか?


「シーナ、覚悟は良い?」


 次はシーナです。奴隷の首輪をつけたまま逃げるわけにはいきません。ですが火傷の痛みで回復魔法が使えないのなら延期するしかありません。


「いいよ」


 狂っている分、痛みを勘定に入れない返事が返ってきます。


「痛いのですよ!」


「アッシュ様の下に帰ります。邪魔をするものは全て焼いてください」


 一瞬シーナの迫力に飲まれます。間違いなくシーナの狂気は強化されています。アッシュは一体何をやったのでしょう?


「行きます!」


 覚悟を決めて『バーニングハンド』でシーナの首輪を掴みます。シーナが火傷しない様に注意……する必要はないみたいです。火傷を回復魔法で片っ端から治療しています。もしかしてシーナは痛みを感じていない? それとも私みたいに精神が肉体を凌駕しつつある? 危険な兆候ですが、仲間なら頼もしいと思っておきます。私かアッシュが上手く操縦さえすれば致命傷にはなりません。


「取れたね」


「全部焼き滅ぼすにしても前衛不足なのは困りものです」


 接近されたら危険です。せめて他の3人の誰かでも居たら……。


「任せる」


 いつものシーナに戻っています。でも私が主導権を放棄する素振りを見せたら先ほどの強化された狂気が顔をもたげそうです。


「籠城します」


 情報が足りません。下手に動くより守りを固めてアッシュが迎えに来るまで待ちます。認めるのは癪ですが、アッシュは必ず来ます。でも余りにも遅いと私が怒りますよ?

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