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159 暗闘 仕込み

「二人が無事でよかった。それより、何がどうした?」


「アッシュ! 今朝、ゴロッキが宿にリルの右手を持ってきたんだ!」


 メアが堰を切った様に言う。手には血が滲んだ袋がある。


「何だと!? 貸せ!」


 俺はメアが持っている袋を確認する。そこには冷たくなっているリルの右手が入っている。流民街の死体回収経験から、切られてから二日は経っている感じがする。少なくても今朝切った事は無い。


「それでルビー達を返してほしくば、決闘に負けろって。負けるんだよな!?」


 ミリスが俺に降伏する様に懇願する。


「決闘の条件は相手が死ぬまでだ。俺は降伏しない」


「そんな! ルビー達を見捨てるの!?」


 メアは食って掛かるが、ミリスは納得している。エリックは無言を貫いている。仕事が終わったのだから帰っても良いのに、律儀に話を最後まで聞くみたいだ。


「落ち着け。まずはあの日何があった。分かる範囲で教えてくれ」


「あたしはあの爆発で気絶して……」


 メアは悔しそうに下を向く。気絶していなければルビーを助けられたと思っているのかもしれない。その可能性は低いと思うが、敢えて口に出さない。


「……私は全部見た」


 ミリスが消え入りそうな声で言う。


「でかした! これで希望が持てる」


「軽蔑しないの?」


「まさか。俺もルビーもミリスがミリスだから一緒に行動している」


 俺達6人の中でミリスだけが凡人だ。冒険者から衛兵になって、結婚を機に衛兵を退職する現実的な計画を立てている。だから臆病で風見鶏で生き残るためなら俺達を一切躊躇せず見捨てる。そんなミリスだからこそルビーは傍に置いている。血筋の祝福のろいに振り回される俺とルビー。狂っているシーナ。本来なら既に死んでいるリル。背伸びすれば届きそうな夢を抱くメア。定期的にミリスの視点を確認しないと俺たちは人の道を完全に踏み外す。下級悪魔と戦ったり、オークチャンピオンを魔導炉の連鎖爆発で倒したりするので既に人の道を踏み外しているのかもしれない。


「どういう事だよ?」


 いまいち理解できないメアが聞く。


「爆心地から離れていた。即ちいつでも逃げる準備をしていたって事だ」


「なっ!」


「それがミリスの役割だ。それより情報が大事だ」


 俺の解説を聞いて怒りそうになるメアを制止する。裏門近くでメアとミリスの喧嘩を見ている余裕は無い。


「私も爆発の影響でちょっと気を失ったみたい。それで蹄の音で目が覚めた。太陽は落ちかけていたけど、松明でラディアンド騎士なのは分かった。それで生きている人間を別々の馬車に乗せた。


 アッシュだけは罪人みたいに騎士の馬の尻に括り付けていた。ルビーとシーナはあの王国の使者と一緒に良い馬車に。そこでリルが声を掛けたんだけど、こん棒で打ち据えられて同じ馬車に。


 私とメアはそれ以外の人間と一緒に適当な馬車に投げ込まれた」


 ミリスの語る驚愕の事実に俺達は黙る。エリックはばつが悪そうに眼を逸らす。


「使者とルビーが同じ馬車か。ラディアンドまで一緒だったのか?」


「ラディアンドに近づいたら豪華な馬車が合流して気絶している使者だけそっちに。ルビー達は城門に向かわなかった」


「流民街か」


 エリックが本来いないはずのラディアンド城に居るのと関係があるのか?


「今から流民街に殴り込みにいこう!」


 メアが提案する。


「ルビーが何処に居るか知っているが、時間が足りない」


「知っているのかよ!?」


「嘘ー!?」


 メアとミリスが驚く。


「囚われているとしたらゴロッキの親玉の屋敷だ。場所は横のエリックの方が詳しい」


 メアとミリスが「殺してでも口を割らせる」感じでエリックを睨む。


「いやぁ、俺も確実には……」


「辺境伯本人ならいざ知らず、流民の誘拐犯にここまでコケにされて貴様の騎士の誇りは持つのか?」


「……」


 俺が少し煽ったらエリックは黙る。ルビーとシーナの件は流民街の顔役であるエリックが真っ先に知るべき事柄。しかしこの件で完全にハブられている。マチアスの件は同僚がやった事だ。「不愉快」の一言で処理できる。中央貴族の所有物・・・誘拐を隠されるのはエリックの統制力が足りていない証拠になる。貴族は舐められたら終わりだ。ここでエリックが動かない様では、もう誰も二度とエリックを貴族とは扱わないだろう。


 怨敵である辺境伯は有能な男だ。譜代を大事にし過ぎる病気を除けば判断は常に適格だ。そんな辺境伯がこんな無様を晒した貴族を抱え続けるか? 答えは否だ。そしてエリックもそれを知っている。だからここまで気まずそうに立っている。


「知っているか? 流民を虐殺しても失った誇りは取り戻せないぞ?」


「アッシュに言われずとも分かっている!!」


 少し煽り過ぎたか。


「その三人は本当に貴族の所有物・・・なんだな」


 エリックは俺の目を真っ直ぐ見て問う。


「ルビーとリルは俺のものだ。シーナは宰相家のものだ」


 なので俺も真っ直ぐ見つめ返す。ここで平気で嘘を付ければ前世ではもっと上を目指せたんだろうと思う。


「貴族の物を取るのは流石に駄目だよなぁ」


 いつものようにヘラヘラ笑うエリックに戻る。ただし彼の目を笑っていない。俺が最初にエリックとあった時に俺を品定めする様な目に戻っている。


「話付けて来るわぁ」


「メアはエリックに付いていけ」


「良いけど?」


「荒事になれば二人の方が対処しやすい」


 疑問に思うメアに尤もらしい説明をする。それよりもルビー達を開放するのに成功しても、エリックが視界から消えたらゴロッキどもが仕掛けて来る可能性がある。


「ミリスはこれを持って第4王子に直訴して来い!」


「無理ぃぃぃ!!」


 俺はヘンリーから預かっているコームグラス家の紋章が刺繍されているハンカチをミリスに押し付ける。


「シーナのローブに同じ紋章があっただろう? シーナの居場所を知っていると言えばあっちが全部やってくれる」


 嘘だ。たぶん根掘り葉掘り詰問される。そしてミリスは有る事無い事歌いまくる。後は流民街に援軍を派遣するのを忘れなければルビー達の救出は成功する。


「時間制限付きとは嫌になるねぇ。メア走るぞ! 遅れたら知らねぇ」


「はっ! 舐めんな! あたしは俊足だ!」


 二人は競い合う様に走り出す。


「大丈夫?」


 涙目のミリスが問う。


「俺を信じろ。死にかける事はあっても死んだことは無いだろう?」


「全然大丈夫じゃない!」


 そう言いながら貴族街を目指すミリス。たぶん上手くやれるはずだ。


 俺は全員を見送って闘技場を目指す。腹に何か入れて少し準備運動をしないと駄目だ。飲まず食わずで三日寝ていたから体が重い。一時間と少しで何処まで持ち直せるか。俺は人間を辞めてでもルビー達を救う覚悟を決めて歩き出す。

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