151 撤退戦 戦闘開始
冒険者との模擬戦を1勝2敗で乗り切った翌日は雲一つない晴天だった。吐く息が白むほど寒い中、俺は冒険者に混じってオークの襲撃に備える。オークは弓がギリギリ届かない距離でこちらを見ている。彼らが力攻めをする時に鳴らす戦太鼓の音は早朝から鳴り続けている。オークは圧倒的優勢を取った場合には搦め手を捨てる傾向があり、丁寧にも敵に攻める日を教える。大抵の人間はオークの戦太鼓の音を聞いてパニックになり、戦えるような状況では無くなる。
俺の後ろにある本陣からは使者の無責任な悲鳴が聞こえる。オークがもうすぐ攻めて来る恐怖に我を忘れ、自殺行為の突撃を命じている。俺が名目上率いる中央と辺境伯の騎士が率いる両翼ははなから無視を決め込む。中央が押し込まれた所に左右からオークを圧殺する戦術がもっとも勝率が高い。オークも俺達がその戦術を取る事を知っている。知ったうえで食い破る自信がある。
このままぶつかればこちらの勝率4割と言った所だ。なので両軍ともぶつかる前に少しでも有利な状況を作るべく動く。オークは戦太鼓の音で少し有利になったが、思ったほど俺たちが崩れなかった事を不思議がっている。両翼の魔導鎧と本陣の聖女が兵の希望となっているため、戦太鼓の音程度では崩れない。こちらから仕返し出来る手が無いのが口惜しい。
オークは次の手として四肢を捥いだ人間の捕虜を長い棒に括り付けて俺たちに見せつける。
「汚え! 弓だとギリギリ届かねえ!」
「あの盾持ちを見ろ。届くとしても邪魔される!」
付近の冒険者が声を上げる。敗北した際の残虐な扱いと同時に味方を助けられない不甲斐なさで士気を挫く作戦だ。
「楽にしてやって良いんだな?」
俺は隣に立っている冒険者のリーダー格に問う。
「この距離じゃ当たらん。外したら士気に関わる」
「問題無い。俺は当てる」
俺は『アイテムボックス』から数打ちの槍を取り出し、助走を数歩取って投げる。
オーク達が反応出来る前に槍は捕虜の心臓を貫き即死させる。槍が刺さった衝撃で捕虜を支えていた棒が途中で折れる。
一瞬の静寂の後、味方からは溢れんばかりの拍手喝采が飛ぶ。特に両翼に配置されている砦の兵士の声が一際大きい。オーク達は作戦が逆効果になったと渋面だ。
「やるなぁ。昨日の模擬戦でしぶとかっただけはある」
「あの男は俺の部下だった。司令官としてやるべきをやったまでだ」
あの男の顔は忘れない。北の砦を一緒に脱出しながら、最終局面ではぐれた男だ。死んだのなら諦めがつくが、あんな感じで無理やり生かされる姿を見るのは忍びない。
作戦が失敗したオークはこのまま攻めて来るのか。それとも何か違う手を打ってくるのか。全員が集中する中、魔法に長けた者が一早く気付く。
「インサニティだ!」
「こんな広い範囲で発動させるなんて!?」
「中央は耐えるんだぁぁぁ!」
どうやらオークのシャーマンたちが範囲魔法を俺達目掛けて発動したみたいだ。インサニティは心が弱い人間に一時的な狂気を与え冷静な判断力を奪う補助魔法だ。特に俺みたいな男には効果覿面だ。
「納期が! 納期がぁぁぁ!?」
俺は崩れ落ちる。この分だと上司から3時間説教コースだ。なんで俺は何も知らない新人にこの仕事を押し付けなかった?
「エリア・サニティ!」
後方でシーナの声が聞こえる。それと同時に俺は囚われていた妄想から解放される。
「流石聖女様だ!」
「聖女様、万歳!」
良し、俺の読みが勝った! TRPGの経験で状態異常系の範囲魔法が飛んでくると思っていたので、シーナには予め正常化の範囲魔法を用意させていた。敵の範囲魔法が発動した後で詠唱を開始したら間に合わなかった。
「次はこのまま突撃してくれると当たりなんだが……」
「ここまで読んだのなら、認めてやるよ」
遅ればせながら冒険者が俺を認めてくれる。俺の事前準備は次で打ち止めなので遅すぎるのだが、これから攻めて来るオークと肩を並べながら戦うのだから悪い気はしない。
「オオオオォォォ!!」
オークが鬨の声を上げる。前方のオークが踏み出し、弓の射程範囲に入る。
「弓、放てぇぇぇ!!」
弓を指揮する冒険者が号令を掛けるが、他の冒険者はそんなのを無視して各々勝手に矢と石で攻撃している。統率が一切取れていないが平常運転だ。俺達前線組に誤射さえしなければ遠距離からの援護に感謝するしかない。
「盾が出たぞ!」
オークの盾持ちが前に出て、矢から他のオークを守る。オークの中でも守備に秀でている宿命か、歩みは遅い。走った勢いのまま激突したかったオークは不満顔だが、上位者の指揮には黙って従う。俺たちの軍とあまりにも違い過ぎて涙が出そう。しかし歩みが遅くなる事こそが俺の狙いだ!
「ファイアストーム!」
オークの盾持ちの少し後方を狙ってルビーが『火魔法』レベル5の範囲魔法をぶっ放す。今のルビーでは一発限りの切り札だが、マックスがダンジョンドレイクを仕留めた時使った魔法以上の破壊力の塊がオーク軍に降り注ぐ。各種スキルの上乗せで威力と範囲が普通の『ファイアストーム』に比べて3割マシの炎がオークを焼き滅ぼす。
「すげえ。この間馬鹿にした事をまだ根に持っていると思うか?」
「知らん」
マウントを取りたいルビーと実力不足を理由に取り合わない冒険者の間で色々あったらしい。そんな事を今気にするのはオークを舐め過ぎじゃないか?
香ばしいオーク肉が焼ける匂いが充満する。あの魔法で100人以上は装備事ウェルダンになった。流石のオークもこの事態に一瞬硬直する。しかし次の瞬間、残った200弱のオークは雄叫びを上げて俺の居る中央に全力で突っ込む。オークは知っている。次の『ファイアストーム』の前に乱戦に持ち込まないと文字通り今攻めている部隊は全滅する。
「迎撃! 手筈通りだ!」
俺が命令を飛ばす。しばらく膠着させて徐々に後退する作戦だが、作戦通りに冒険者が動くことに一切期待しない。それでも何としても生き残る!
応援よろしくお願いします!




