150 撤退戦 朝帰り
翌朝起きた時は昼前だった。
「主君、起きましたか?」
「やっとな。それはそうとなんで抱き着いているんだ?」
まだ重たい頭で色々考えようとするが、リルの顔が真横にある事に気付いてそれどころでは無くなる。悲鳴を上げて飛びのかなかっただけで自分を褒めたい。
「寒さで風邪を引いたら大変」
「そうか……」
女性しかいないシーナの天幕で一泊。そして起きたらリルが同衾している。変な噂が蔓延するの待ったなし、な恐怖が沸々と沸いてくる。
「昼まで寝ているとは良い身分ですねアッシュ。私は朝から貴方が一泊した理由を説明するのに奔走したと言うのに」
俺が考えそうな事はルビーなら事前に察知するか。
「どんな言い訳を考えたんだ?」
「治療です。貴方がぶっ倒れたのは連戦の無理が祟ったのは本当ですし」
「全くです。ポーションのがぶ飲みで誤魔化したみたいですが、その体は相当深い所で傷ついています」
ルビーの発言にシーナが続けて話す。
「おかげで体調は良いみたいだ。明日の戦いには支障なさそうだ」
「今回は治せましたが、こんな怪我を毎回負う様なら回復魔法でも治せないかも」
「オーク相手なら普通の怪我しかしないし、心配するな」
ここ数か月は怪我を負わなかった日が無いと言っても良い位ズタボロになっている。最低でも月一で致命傷を負っている。思い直すと良く生きているものだ。こんな生活でも、ブラック企業時代の生活より健康的なのはどう思うべきか。
「悪魔と戦って生き残った、などと噂されるほど無茶な戦いをしたみたいですしね」
「ちっ! そっちも噂になっているのか」
「え~! 本当に戦ったのか! どんな奴だった? 強かった?」
先ほどまで空気だったメアが話題に飛びつく。
「正確には下級悪魔だ。今の俺ではとても勝てない」
「おお!」
「人間を越えた膂力と高速詠唱からの範囲魔法が厄介だ。次に戦う事があったとしても当分先だろう」
オークに肩入れすると思わないから高みの見物を決め込むだろう。北の砦でオークに討ち取られていれば最高だが、砦を包囲していたオークでは戦力不足だ。本隊が主力を先行させていたら結果は違っていたかもしれないが、その場合は俺が明日戦うオークは下級悪魔を討ち取れる最精鋭と言う事になる。諜報活動に出るリルが無事に戻って来られる程度の強敵なのでその線は薄い。
「アッシュ、悪魔の件は『見間違い』と言う事にしなさい。王国として認めるのは難しく、最悪貴方が異端者として処刑されます」
「そのつもりだ。ただ辺境伯と繋がっているのは確定だからルビー達は気を付けろ」
ユーグリン王国が維持している大結界のおかげで世界は悪魔の脅威に怯えなくて済む。ユーグリン王家の統治に正当性を持たせるための常套句だ。下級悪魔の出現はユーグリン王国を根本から揺さぶる。悪魔の事を全否定した方がまだデメリットが少ない。表向きは否定して、裏では専門の粛清チームを送るだろう。その場合は悪魔と直接相対した俺も粛清リストに載る可能性がある。
悪魔と間接的に関係があると露見した辺境伯はどう動くか。知らぬ存ぜぬを通したとしても、ただでさえ王家から不信の目を向けられている。これの対処で俺に構っている余裕が無くなりそうなのは良い展開と言えるだろうか?
「私たちでどうこう出来る問題では無いでしょう。シーナならいざ知らず」
「私ですか? やはり悪魔を神のお力で滅ぼさなくてはいけませんね!」
「「やめろ」」
聖女扱いのシーナの発言は高い影響力を持っている。シーナの不用意な発言に辺境伯が同調したら、「悪魔を抱える王国を討つために兵をあげる辺境伯と聖女」みたいな論陣が展開される可能性がある。王国全体は一笑に付すが、旧ラディアンド王国全土が辺境伯の旗の下に集う展開はあり得る。
「主君、明日来ない悪魔の事よりオークの方はどう対処する?」
「そうだな。陣立てはもう出ているか?」
「出ている」
リルが上手い具合に次の話題に繋げる。その流れでオークと戦う際の陣立てを見せて貰うが、俺が寝ている間に酷い事になっている。
「俺が前方指揮官? 聞いていないぞ」
捨て駒として中央前方に配置される冒険者。俺はそこで戦う事までは知っていたが、まさかその部隊の指揮まで押し付けられるとは思っていなかった。ブラック企業時代に珍しく風邪で入院したら、次の日に七面倒な案件が全部俺の担当になっていた時を思い出す。
「アッシュが寝ていたから、冒険者との顔合わせは飛ばされました」
「それ、滅茶苦茶重要じゃないか」
ルビーの発言に俺は頭を抱える。
「幸いオークが攻めて来るまで少し時間があります。その間に冒険者を掌握して」
「やるしかないか。俺が連れ帰った砦の兵はどうだ? 戦えそうか?」
「怪我の治療はしっかりしておきました。皆、アッシュさんに好意的でした」
シーナが治療してくれたか。助かる。
「彼らは辺境伯家の兵士と言う事で、騎士の二人が半々して自分の陣容に加えました。アッシュには誰も残されていません」
「おいおい! 俺は砦の司令官であいつらは俺の部下だ。どう考えても俺の下で戦うのが道理だろう!」
「砦が無くなった時点で解任扱いです」
「ちくしょう!」
一定の強さを持って俺に従う兵士が居ないのは想像以上に痛い。こうなると言う事を聞かない事に定評がある冒険者を何とか纏めないといけない。
「メア、冒険者のリーダー格を招集できますか?」
「頼めるけど、聞いてくれるか……」
「腕試しだ。俺の実力を直に見せると言え」
ルルブの情報とクロードの記憶を合わせて考えるなら、冒険者は「強い者に従う」はずだ。その上で「貴族は嫌いだが貴族には渋々従う将来貴族になりたい存在」と言う貴族には複雑な感情を腹に持っている。俺が冒険者の代表と模擬戦をすれば耳を傾けてくれると思う。
「アッシュの戦いぶりで勝てますか?」
「難しいんじゃない? 剣だと普通に良い所が無く負けそう」
ルビーの問いにメアが答える。メアは若いのに強いと言う事で脳筋冒険者に可愛がられているらしい。暇な時間に剣を見てもらっているが、模擬戦ではほぼ全敗らし。剣でメアに負け越している俺では瞬殺もあり得る、なんて嬉しくない話が飛び出す。
「何とかしてみせる!」
そう言うしかない。最後は根性論なんて最低だ。
「では早速準備を開始しますか?」
「今からメアに出て貰っても良いが、まずはオークと戦う時の作戦だ。模擬戦の熱が冷めない内に明日の行動をある程度冒険者に飲ませる」
模擬戦をやるのは俺が見世物になるためだけじゃない。主要冒険者が一堂に会するのを利用して作戦を通達する。
「主君、暗殺か?」
「全力で戦う以外に何かあります?」
ハズレだ。そしてTRPGの拠点襲撃イベントで培った経験が今こそ有効活用される時だ。
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