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146 撤退戦 ルビーの懸念

 本陣の斜め後ろにはこの簡易陣地には不釣り合いな天幕がある。冒険者の有志が「聖女様を野ざらしに出来ない」と言う理由で奮発した代物だ。シーナは回復魔法の力が強い反面、体力と魔力の絶対量に不安を抱えている。屋外でも安心して休める場所があるのはシーナにとって悪い事ではない。もはや言い訳出来ないほどに目立ち、後戻りできない状況に陥っているのはどう対応すべきか。


 リルの案内で中に入るとルビー達4人が俺を待っていた。シーナ以外は出発前の姿のままだ。リボンなどの小物が新しくなっている気はするが、俺は余りそう言うのに詳しくない。それにシーナの変化の前では些細な事だ。服装は一ランク上がり、所々にコームグラス家の紋章が入っているローブを羽織っている。良く見るとスカートの前面にも薄っすらと紋章があるのが分かる。


 おかしい。ヘンリーとは保護の必要性で合意したが、コームグラス家がここまで無遠慮に出しゃばるとは聞いていない。辺境伯の領地でここまで目立つのはデメリットの方が大きい。そもそもシーナは書類上ではラディアンドの二級市民だ。辺境伯が「自領の民」と主張して強硬手段に出る可能性はゼロではない。貴族籍に移せば良いだけに思えるが、マックスはまだラディアンドに来ていない。それに辺境伯が滞在している都市の民を王家が強奪するのはかなりの醜聞だ。そしてシーナは王家と辺境伯家がそれだけの事をする価値がある。


「良かった、無事みたいですね」


「しぶといのが取り柄になっているからな」


「一人で行ってお土産を連れ帰るのは困ります」


「それはオークに言ってくれ。だが援軍を集めてくれて感謝する」


「少々手を焼いていますけど」


「そうか?」


 ルビーと軽いやり取りを続けていたら一瞬会話が途切れる。ルビーは何か言いたそうだが、今は言えない雰囲気だ。


「主君、他の斥候と情報のすり合わせをしてくる。ここに居ても今は役に立ちそうにない」


 その沈黙を破ったのはリルだった。


「あ! アッシュさんが連れて来た兵士の治療に行きますね!」


「しゃあない、護衛に付くよ」


 リルを追う様にシーナとメアが仕事があると言って天幕を出る。シーナが兵士の治療に出てくれるのなら助かる。聖女として一般兵士にまで認識される懸念は今更か。


「え~と、天幕の外で歩哨をやってくる! 誰も入れないから安心して!」


 ミリスが客人を通さないのは助かるが、シーナの護衛に付いてくれたほうが助かる。ミリスならそれくらいは言わずとも分かる。即ち、シーナと一緒なのを見られたくないと言う事だ。ミリスは小市民気質だから危険察知能力が高い。金のなる木である聖女に近づき過ぎるのは危険だと判断したか。俺の心の中で状況の危険度を一ランクアップしておこう。


「その……ごめんなさい!」


 二人きりになった開口一番でルビーが謝る。


「謝るほどの事があるのか?」


 俺には分からない。


「アッシュは意地悪です」


「待て待て……そんな事は無いから」


 手を振って必死に否定する。


「シーナとメアの件です」


「シーナはいつの間にか外面聖女になってはいるな」


 手に顎を当てながら考察する。だがメアの事は分からないので首をかしげる。


「二人とも私の制御を外れています」


 更に自由に振舞っているリルに言及が無いのは、ルビーの中ではリルが既に独立した扱いだからか。


「ああ、そう言う見方なら理解出来なくはない」


 ブラック企業で平社員が係長を無視して部長案件を取ってくるようなものか? ルビーと言えど、今の位階レベルと身分ではこの規模の援軍を差配出来ない。実際援軍の指揮は宰相家の使者と辺境伯家の二人の騎士に奪われている。当初の予定通りの規模なら、相手の冒険者ランクがどんなに高くてもルビー、メア、シーナの3人が揃えばある程度言う事を聞かせられた。甘い皮算用かもしれないが、少なくても俺達の中ではいけると言う判断があった。


位階レベル差はありませんが、スキルレベルの差が思った以上に影響しています」


 5人揃ってレベリングしているから全員位階レベル8か9だろう。そしてルビーは推定『火魔法』レベル3。シーナの『光魔法』レベル5とメアの『剣術』レベル5とは天地がひっくり返っても覆せない差がある。それが人格や行動にまで影響するのか? TRPGのセッションだとそんな感じは受けなかったが、これは一歩引いた処から操るのと本人になるの差か。TRPG的にスキルレベルは上げられる限界まで上げるのが正道だと思っていたが、これ以降はもうちょっと悩んだ方が良いのかもしれない。それでも俺自身の強化はどんな悪影響があろうとも最優先でやるのは変わりない。


「だけどさ、俺が来たのだら大丈夫じゃないか?」


「このままラディアンドに撤退するのなら大丈夫でした」


 ルビーが拗ねたように言う。


「はっ!?」


 そうだ! 俺はなんで思いつかなった!? これから絶望的なオークとの戦いになる。俺は生き残る自信がある。リルだって隠れていれば生き残れる。ルビーとシーナは前線が突破されれば死ぬ。メアに関しては勝手に最前線に飛び込んで暴れ回りそうだ。生きて帰れるかは半々か? ミリスは逃げられる最初のチャンスで逃げるだろうし、案外この中で一番生き残りやすいかもしれない。


「なので私もそろそろ覚悟を決めようと思うのですが……」


「……」


 ルビーが続けるのを無言で待つ。


「その、やはり怖いです」


 意外な発言が飛び出す。貴族の血が色濃いからか。それとも女性だからか。少なくてもこの力を盾にリル達を食い物にした事は無いのだが……。


「ふふ、やはりクロードとは違うのですね」


 放心している俺を見てルビーが笑う。


「それはどういう?」


「クロードは私の体を欲していました。他の子は『抱けたら抱く』と言う考えでした」


「あ! ああ、そう言う事か」


 ルビーなら次代の風の聖戦士の母に相応しい。クロードの考えは貴族としては正しいのだろうが、年頃の男女の機微をもうちょっと考えないと。クロードが居たら「貴様が言うな!」とツッコミを食らいそうだ。


「私を欲していたのならまだ理解出来ます」


「今のルビーは美少女だから引く手あまただろう。当時でも原材料は良かったし、見抜ける奴は見抜けると思うぞ」


「……」


 しまった! 地雷を踏んだか? ルビーが綺麗なのを見抜いて行動したのが孤児院の院長と奴隷商だ。それを想起する台詞は無遠慮が過ぎたか。

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