143 撤退戦 オークの追撃
「急げ!」
俺は駆け足で逃げる敗残兵を鼓舞しながら逃避行を続ける。幸いオークと悪魔に殺されそうになった恐怖のおかげで兵士の足は進む。途中で休憩をして正気に戻ればもう当分動けなくなる。感覚が麻痺している内に少しでも進まないといけない。
「怪我か。ポーションを使え」
怪我をしている兵士には『アイテムボックス』からポーションを渡し、空腹に苦しんでいる兵士には『アイテムボックス』から食糧を渡し、彼らが動ける様に世話を焼く。俺自身、砦の一件を考えないために仕事をしたいのかもしれない。
ラディアンドまで兵士なら10日の距離。今日は強行軍で3日分ほど稼げると仮定する。2日分を稼げないと明日にはオークの追撃部隊に追いつかれるので殺してでも前に進ませるしかない。俺が単独で先行してラディアンドから迎えの部隊を率いて再合流がベストなのだが、その手は取れない。兵士の足が動くのは恐怖で感覚が麻痺しているからだが、兵士そのものが動くのは俺と言う強者の存在が大きい。俺と一緒なら家に帰れる、と言う幻想に浸っている。
遭遇したと言えば周りから気が触れたと言われる伝説上の存在である悪魔と戦って手傷を負わせ逃げ切る。砦からの南進を邪魔しようとした兵士3人分相当のオークを30人ほど斬り捨て血路を開く。箇条書きマジックでなんか英雄っぽい。そして兵士はそんな感じで俺を見ているみたいだ。俺はそんな立派な男じゃないから、と否定できる空気では無いし、変な誤解がラディアンドに広まらない事を願うのみだ。
その日の夕方には全員で休む。無理やり夜の獣道を進もうとする兵士数人を殴ってポーションをぶっ掛けて物理で説得する。腹が減っては途中で倒れるのがオチだ。朝に行軍を再開した俺たちに発見されれば御の字だが、野生動物の餌かモンスターに殺される未来しか見えない。
「皆、食え! 一人コップ一杯分程度だが酒もある」
「アッシュ様、最高!」
「司令官殿と呼ばんか! あっ、酒は気持ち多目で……」
「ずるいぞ!!」
ダンジョン攻略時の食糧もこの逃避行が終わる頃には無くなっていそうだ。ラディアンドに帰ったら仕入れておこう。酒はルビー達に買ってもらったものだ。モーリックとベルファが飲み切る前に別れる事になってしまったから在庫を掃くのにちょうど良い。
次の日は泥の様に眠っていた兵士を無理やり叩き起こし行軍を再開させる。昨晩の酒が無ければここでクーデターの一つでも発生したかもしれない。俺たちに取って最悪な事に、風に乗って追撃しているオークのガヤ音が聞こえるのも動き出す原動力になる。何を言っているのか分からないが、俺達より北にはもうオークしかいないので、学が無い兵士でも無言で震えあがる。
逃げる人間、追撃するオーク。
「見た! 見たっす! オークっす! もう駄目だぁ!!」
後方を警戒している兵士が悲鳴を上げる。悲鳴を上げる兵士を無視して他の兵士の駆け足が更に速くなる。80人ほど居るから陣形を組んで当たればオークの攻撃を跳ね返す程度は出来るのだが、兵士の心は完全に折れている。無理に戦わせようとしたら一気に瓦解して散り散りに逃げ狩られる。オークが有視界のギリギリでうろついているのは追撃部隊の数が少なく、正面戦闘を回避したいからだ。半日から1日で他の追撃部隊と合流されたら本格的に攻撃してくるかもしれない。なのでもう半日だけでも「一丸となって行動している人間軍」のフェイクを維持するのが最重要だ。
「頃合いか。おい、作戦を実施する!」
俺はここ数日で多少信用出来そうな兵士に声を掛ける。
「司令官殿が残らずとも!」
「俺が殿を務めるのは砦の戦いで散った三人の士爵との約束だ。俺達4人が必ず貴様らを家に帰す。だから真っ直ぐ進め!」
俺が聞いた範囲ではパニクって自滅したそうだが、ここで戦死した士爵を持ち上げておく。一人でも生きていれば兵士を任せられたのにと思うが、それは口に出さない。敵前逃亡したマチアスと最後まで主命を全うした士爵と言う感じの物語を作り出す。
「はっ! お母には必ず伝えます」
「頼むぞ」
そして生きて帰った兵士が家族に話す。そして噂は広まる。後はマックスが派遣した使者の手腕次第だ。
俺は少し先行して、3日分の食糧と1本のポーションが入った麻袋を90個地面に置く。兵士から志願者を募って夜の間に袋詰めをした。多少切り詰めればラディアンドに帰るまで飢えずに済む。ブラック企業時代に地下アイドルのコンサートをプロデュースした事があるが、その時にサクラに渡すお土産バッグを詰めた経験が生きた。
「一人一袋だ! 受け取ったら真っ直ぐラディアンドを目指せ!」
兵士全員が聞こえる様に言う。そしてオークも聞いている前提で話す。オークはこの袋の中身がさぞ気になるだろう。開けてみれば食糧だが、全部の袋が食糧かは分からない。少なくても兵士を殺した後に中身を確認するために追撃の手が止まる。
最後の数人には残った袋を全部持って行くように伝えて、俺は来た道を逆に進む。
「オークども! 北の砦司令官アッシュが相手だ! 臆さぬのなら掛かって来い!」
オークがどれだけ俺の言葉を理解しているか分からない。だが追撃部隊なら共通語を理解できるオークが数人は居るだろうと希望的観測を行う。俺の名乗りを聞いて左右の森から矢が降り注ぐ。軽く躱し、『アイテムボックス』から取り出した数打ちの槍を森の中に投げる。「キャイン」と悲鳴が上がり、狙い通り鼻が利くワーグに当たったと知る。これで追撃部隊の追撃能力が減る。兵士を追うより俺を殺す事に集中するはずだ。
ワラワラと俺を取り囲む12人ほどのオーク。攻めあぐねているのかと思ったら、後方にオークのドルイドを見つける。
「しまった!」
詠唱はほぼ完了している。状態異常系か行動阻害系の魔法を撃たれたら危険だ。急いで投槍しようとするも、オークが肉の盾になり俺の攻撃を防ぐ。兵士にあれだけの啖呵を切りながらこんなに早く無力化されては笑い者だ。やはり俺は英雄足りえない。
ドルイドの魔法が発動する寸前、ドルイドは首から血を噴き出して倒れる。俺もオークも全員驚く。
「主君、迎えに来ました」
そしてオークドルイドの大きい体の後ろから聞きなれたダークエルフの声がする。
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