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141 北の砦 撤退準備

「アッシュ様、外が騒がしい!」


「全く、偶には昼まで休ませてほしいものだ」


 翌朝、フリゾフに無理やり起こされる。二度寝は流石に出来そうにない。


「仇討ちを狙っているのに無防備過ぎる」


「そうか? アドリアンの仇を討つのなら寝込みは襲わないだろう?」


 俺の返事に驚いて固まるフリゾフが動き出すまでに装備を身に着ける。ガングフォール譲りの小さなアイテムバッグから朝飯を取り出し口に咥える。


「状況は?」


 フリゾフにも朝飯を差し出して状況を問う。


「マチアス様が早朝に脱走したそうだ」


「は?」


「砦全体もそんな感じだ」


 司令官が逃亡するってどうなんだ? 前世なら高級士官を生かすために兵士を人間の盾にする事はあるが、ここは貴族が最前線で戦わないと兵士が付いて来ない世界だ。逃げた噂が立つだけでダウガルド家の名声は地に落ち、断絶不可避だ。


「次の司令官は誰だ?」


「士爵が数人残っているらしい」


「早く次の司令官が決まると良いな」


「それが……」


「どうした?」


「兵士の中にはアッシュ様が次の司令官だと言う噂がある」


「ははは、議論する価値もない。辺境伯が王家に砦を引き渡すわけ無いじゃないか」


「王家の砦が落ちても辺境伯家の名に傷は付かない、とも」


「包囲前ならまだしも……あれ? もしかして生き証人はマチアスだけ?」


 マチアスが「包囲前に司令官を交代した」と報告すれば既成事実化出来る。そして辺境伯は嘘だと知っていてもマチアスの言を100%信じる。強い貴族の行動基準は「譜代>現実」であり、辺境伯が少し頑張るだけで問題が表面化しないなら譜代を優先する。


「閣下が認めるとは……」


「認める。認めた上で現実と整合性を取る方法を模索する」


「……」


「フリゾフ、司令官室へ行く。砦の戦力を掌握する」


「逃げれば良いじゃないか!」


 フリゾフの叫びにビックリする。


「逃げたら俺を信じて送り出した者たちに顔向けできない。あ、辺境伯は糞食らえだ!」


 マックスとガングフォールには俺のためにかなり無理を強いた。ルビーとリルも俺を信じて雪の中を北上した。ここで逃げるわけにはいかない。そう言えば前世でブラック企業に勤めていた時も同じ理論で仕事していた気がする。いつの間にか前世が俺の肩を掴んでいる気がする。これが終わったら田舎でスローライフに切り替えよう。士爵の俸禄とモンスター討伐報酬があれば一人なら裕福に暮らせる。それが良い。


「アッシュ様?」


「済まない、ちょっとスローライフの夢を見ていた」


 司令官室に急いで行くと、士爵3人が酷い言い争いをしている。


「争っている場合か!」


「「貴様はアッシュ卿!」」


 辺境士爵達が苦虫を嚙み潰したように呻く。俺が来る前に指揮系統を一本化したかったはず。それが出来ない様では俺の前世で鍛えたプレゼン能力の餌食だ。


「敵前逃亡をしたマチアスの件は後回しだ。俺が司令官なら撤退できるぞ」


「「な!?」」


「王家は『死守』なんて命じない。ラディアンドで再編して戦ってこそ意味がある」


 この3人に玉砕覚悟など無い。一人でもそんな覚悟があれば、残り2人の転進を認める条件で司令官になっている。


 この砦はオークの軍勢が小規模なら時間稼ぎのために玉砕する価値がある。しかし見えている軍勢は巨大であり、ここを死守するのは貴重な戦力の各個撃破に繋がるだけだ。


「そうかもしれない」


「いや、だが……」


「家の事を考えると頷けない」


 3人3様で意見を言うが、歯切れが悪い。


「俺の身分が低すぎるのが懸念か。ならこれを見よ」


「「おお!」」


 俺は宰相府が裏書した王家の委任状を見せる。正確には宰相の息子が裏書した第4王子の委任状だが、辺境士爵に違いなど分からない。前世で言う「消防署の方から来ました」だ。


「今回の撤退は王家の許可を得たのものだ。なんら恥じる事は無い。それよりもラディアンドに一人でも多くの兵士を生きて返す事こそが大事!」


「「王家万歳!」」


 今朝起きるまで王家の事なんて一切気に掛けていない辺境士爵の掌返しは早い。


「時間が無い。一人は俺の司令官就任と3人の撤退の件を急ぎ書類に纏めろ。一人は兵士を集めて撤退準備だ。最後の一人は砦に火をつける準備だ。オーク共に渡す気は無い!」


「「はっ!」」


「あの、司令官はどうするので?」


 一人気付いた辺境士爵が問う。


「俺か? 殿を務める。オーク共相手に大暴れをして頃合いを見て離脱する。一人なら如何様にもなる」


 三人の辺境士爵は俺が命と引き換えに時間稼ぎをすると勘違いして涙ぐむ。そう言うのは良いから早く行動しろ。


 俺達は激しさを増すオークの攻撃を最小限の兵士で押し止め、離脱準備を急ぐ。仲間のために死ぬ覚悟を決めて砦壁の上の回廊で戦っている10人ほどの兵士を除いて砦の全兵士が砦の広場に集結する。


「一丸となって南からラディアンドを目指せ! 倒れた仲間は捨て置け!」


 俺が集まった兵士に檄を飛ばす。この状況では「全員生き残る」なんて口が裂けても言えない。


「良し、開門!」


「ひひ、それは困ります」


 南門を開ける命令はラッセの耳障りな笑い声にかき消される。


「ラッセ! 貴様今迄何処に!?」


 フリゾフの怒声を無視してラッセが続ける。


「ひひ、皆さんには死んでもらいます。アレ・キュイジーヌ!」


 ラッセの宣言と共に南以外の城門が開かれ、オーク軍が砦になだれ込む。

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