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135 威力偵察 最初の異変

 その夜はリルとルビーを洞窟に押し込んで俺と部下は外で野宿する。一枚で二人包まれるダイアウルフの毛皮を貸しているのでそれほど寒くはない。どちらかと言うと降り注ぐ雪の方がうっとおしい。


「ジェス、明日の内に着けそうか?」


 俺は部下を取りまとめている老齢の男に問う。


「無理をすれば」


 部下の中でジェスだけは質問に答えてくれるが、それと同時にもっとも俺を憎んでいる事を隠しもしない。ジェスは不敬だから口にしないが、ジェスに取ってアドリアン・キルケガルドは息子の様な存在だった。あの一騎打ちの場で心からアドリアンの死を嘆いていたのはこの老人だけだ。他の者も悲しんではいたが、任務失敗による今後の身の振り方の心配が前面に出ていた。


「もう一日は野宿か」


「それが安全です」


 ジェスはキルケガルド家の名を穢さないがために言う。他の部下は「とっとと殺そう」と思っていそうだが、俺の強行偵察が失敗すればキルケガルド家の名に傷が付く。流民との一騎打ちに負けて地に落ちた家名は、辺境伯が俺を準男爵だと渋々認める事でギリギリ名誉を取り戻した。この強行偵察で何の成果も得られずに撤退する事になれば、キルケガルドの名は永遠に口にする事を憚られる忌み名となる。


 死んだ主君への忠誠心が高いだけで信用出来るのはお得と見るべきか? 俺を後ろから刺す行動基準が分かりやすいだけに心労は聊か軽減される。


「分かった。リルをその予定で動かす」


 それを最後に俺とジェスの会話は途切れる。そして交代で寝ずの番をしている者を除いて俺たちは眠りにつく。


 次の日は振り続ける雪の中を進む。


「笛の音だ!」


 北の方からピィーと音が聞こえる。何か異常があれば吹くようにとルビーがリルに持たせていた笛に間違いない。


「リルですね」


 ルビーが俺の考えを肯定するが、多少困惑しているみたいだ。ここで笛を吹くほどの異常があるのは少しおかしい。


「短く一回と言う事はモンスターがこの先に居るのか。総員戦闘用意!」


 俺はそれだけ言うと駆け出す。どっち道彼らは俺と連携なんて取る気は無い。それなら先行してモンスターを滅ぼした方が部下の被害を減らせる。存在感が強いルビーとベテランのジェスが居れば問題は無い。


 注意しながら笛の音がした場所に急ぐと、リルが最後のゴブリンの首を掻き切っている最中だった。


「主君が来る前に処理できず申し訳ない」


「気にするな」


 俺はリルが凄腕なのを隠したいが、リルは必要以上に腕を部下たちに見せつけている。忠誠の欠片も無い部下には示威行動で裏切る意志を挫く重要性をルビーに説かれては強く意見できない。実際効果的なのか、俺を呼び捨てにする部下はリルの事を「リルさん」と呼んでいる。俺に従うよりルビーとリルに従う方が彼らの精神衛生上に良いと思いそのままにしている。強行偵察が終わるまでの関係だ。俺と部下達はそれまで我慢できる。我慢できるはずだ。


「主君、ゴブリンの装備を見てください」


「普通では無いのか?」


「品質は普通です。しかし剣が錆びていません」


「なるほど……」


 リルは俺に何かを伝えようとしている。流石の俺でもそこまでは分かる。俺がこれまで殺したゴブリンの装備を考える。普通なら使い物にならない錆びたり欠けたりした武具が大半だった。しかしここのゴブリンの武器は錆び一つついていない。手入れが行き届いている証拠だ。


「誰か手入れしているのか?」


 俺がそう言うのとほぼ同時にジェス達が追い付く。


「手入れしたのではなく、手入れされたのを奪ったのでは?」


「ここで手入れされた武器を一定数持っている人間なんて北にある砦……」


 そこまで言って「はっ」とする。武器の一本や二本なら偶に来る冒険者か行商人を殺せば手に入る。しかし同型の剣4本と槍3本となるとその可能性はグッと減る。


「ラッセ、貴様は若い頃は砦に数年勤務したと言っていたな。どうだ!?」


 ジェスが部下の一人に大声で問う。


「間違いない。これは砦に支給される武器だ。握りの下に『北砦』と彫られている」


 俺が剣を確認すると、確かに『北砦』と製造された年が彫られている。


「この数だ。脱走か撤退だと思うが?」


「誇りある辺境伯の兵は脱走などしない!」


 ジェスが反論する。この状況を見て。ジェスはジェスで余裕が無くなっているみたいだ。


「撤退と仮定するのなら何処でやられたかだ」


「最悪、オークの部隊が近くに……」


 撤退と決め打ちさせられるのなら仕方が無い。それ前提で考えよう。リルは砦の南方に別動隊が既に回り込んだ可能性を指摘する。


「どっち道砦に近づけば分かるでしょう」


 ルビーが話し合いを切り上げて進む事を進言する。


「そうだな。ここでオークの影におびえても埒が明かない。リルの負担が増えるが頼む」


「主君のためなら!」


 それからはリルを以前ほど先行させず北上する。そして夜になる少し前にオークの分隊を発見したとリルが報告してきた。地形から俺たちが野宿出来るだろうと考えた地に先に陣取っている。


「オークを発見した。撤退するか?」


 俺はジェスに問う。


「……証拠は必要です。尋問は厳しそうですが、首だけでも」


 ジェスは迷いながら答える。


「これよりオーク狩りに移行する! 臆した者は残れ」


 それだけ言ってオークの分隊目掛けて駆け出す。リルは既に闇に紛れて俺の横を並走している。後ろからルビーの詠唱が微かに聞こえる。ジェスと数人が遅ればせながら動き出す。間に合うのは半分くらいか。ルルブ通りの強さならこれだけの戦力で勝てるはずだ。


 この世界に転生して初めて人類の脅威との戦いが始まる。


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