134 威力偵察 北北東
戦争は盛り上がる様に頑張って書きます。
「寒いな」
独り言で吐く息が白い。なんで俺がこんな場所に居るのか愚痴りたいが、愚痴った所で事態は好転しない。
ラディアンドから北北東に進んで10日。距離に換算すれば凡そ150キロになる。俺は歩みの速度が成人男性の半分なのでかなり機嫌が悪い。雪が降り積もる中で人が通れる道らしい道が無いから進み具合が遅いのは許容するしかない。俺一人ならこの程度苦にせず2日で走り切れる。だが辺境伯が付けてくれたありがたい部下を振り切っては辺境伯の思う壺だ。俺が一騎打ちで殺した騎士アドリアン・キルケガルドの家人をこの任務に選ぶ当たり、辺境伯は俺が生きてラディアンドに帰還する事を望んでいない。
「主君、少し先に小さい洞窟がある。少し早いが今日はそこで」
先行していたリルが一晩泊まれそうな場所を見つけてくれた。ルビー達を冒険者ギルド経由で雇ったのは正解だった。ルビーとリルの二人しか来なかったのは意外だが、部下の構成を聞けば当然だと納得させられた。前衛戦士系の部下の所に同系統のメアとミリスを追加しても得られるものは少ない。強すぎるメアの情報が辺境伯に上がる方が問題だ。シーナは行軍に付いて来られる体力が無い。彼女の狂いっぷりからして、体力の限界を超えても精神力でそれを無視し死ぬまで歩きそうだ。様々な要因からメアとミリスをシーナの護衛としてラディアンドに残す事になった。
「分かった。俺の強行軍で部下が潰れては辺境伯の顔に泥を塗ることになる」
端に実力不足なのか、全力で足を引っ張っているのか俺の部下の歩みは牛歩だ。部下がくぐもった声で苦情を言うが、言い返すだけ疲れる。リルにも気にしない様に伝え、俺達は前進を続ける。それにルビーはまだ元気に見えるが、体力は俺たちの中で一番少ない。夜に暖を取るためにも火属性魔法の使い手がスタミナ切れで倒れては困る。
だが、なんでこんな事になっている? マックスに辺境伯から手紙が来た時からか? それとも王家の使者が辺境伯に良い様に丸め込まれた時か?
事の起こりは辺境伯の手紙で間違いないはずだ。辺境伯は使者を通じてガングフォールに槍を返した時に、予め手紙も用意していたとしか思えない。道中で俺を殺せなければ、ハーフドワーフであるベルファは氏族長であるガングフォールの所に逃げ込む。後はデグラスでマックスがガングフォールと接触するか監視するだけで良い。辺境伯の使者がやり手なら槍の返還時にそれとなくベルファが帰還したか探りを入れたかもしれない。俺が王国貴族を騙るなら、貴族の義務としてマックスにオーク南進を必ず報告する事を読むのは簡単だ。
辺境伯が手紙でオーク南進を伝えれば、俺が言っていたかどうかはどうでも良くなる。辺境伯はオークの進軍から王国を守る義務があるから、オーク関連での発言力の重さは王国一と言える。それに比べれば俺の発言の重さなんてごみ塵芥だ。辺境伯に報告させた事をマックスとヘンリーは評価してくれるが、政治的には王家の完敗だ。オークとの戦争が始まるのなら辺境伯を更迭出来ないし、辺境伯の部下に邪教徒が居ても戦後まで手を出す事は難しい。辺境伯と彼の近侍を無敵の人に変える手を先に出されては王家の対応は大幅に後手に回るしかない。
それでも王家の対応は流石だった。宰相府の文官がデグラスを事実上乗っ取っているだけはある。王家に冬でも飛べるグリフォンライダーを飛ばすのと同時にラディアンドに交渉用の使者を派遣した。王家から返事が来たら調印するだけで良い状況を素早く作り出す事で兵の動員時間を早める手を取った。恐らく王家は調印とは関係無しにグリフォンライダーからの報告を受けたら動員をかける。辺境伯との話し合いが不首尾に終わればラディアンドを断腸の思いで見捨てて、第2防衛拠点に集結するだけだ。辺境伯もその事を知っているから、最終的には彼が折れるはずだ。……俺がここに居るのは彼が折れた証拠であると信じたい。
交渉用の使者を派遣する時にその使者は俺に先導と護衛を依頼した。マックスとヘンリーは大反対したが、俺と言うイレギュラーの存在が交渉の場で有利になると使者に丸め込まれた。「もうちょっと粘れ」と言いたかったが、この使者は二人の政治の家庭教師だったらしい。宰相府が二人を抑えるためにガチ目の人事を尽している事に軽く戦慄を覚える。
彼に任せれば大丈夫だと思えたが、念のためにA級ダンジョンコアをマックスに託しておいた。俺が連座を回避するための切り札だから肌身離さず持つのが正解だ。しかしクロードならこの国難に自分だけ助かる選択をしない。ダンジョンコアを魔導炉にするには時間が掛かるらしいし、支払いとか恩赦とかは後日王都に行った時に貰うと一方的に宣言しておいた。それではマックスが納得出来ず、使者の出立がご破算になる寸前まで揉めた。最終的に使者の判断と宰相府の権限で俺を養子にした祖母からの準男爵位の仮継承と新しい騎士爵の叙爵が急遽執り行われた。前者はグレーゾーンで辺境伯なら半々で無視する公算があった。なので後者で確実に貴族の一員に列する方法が選択された。何せデグラスには叙爵権を持つマクシミリアン王子が滞在している。王国の貴族法的には問題無い。
まさか辺境伯がそれすらも逆手に取るとは、本当に参った。ヘンリーの先生と聞いた時に疑うべきだった。使者の政治知識は辺境伯を凌駕していたが、実務経験が足りなかった。お行儀が良い中央貴族と交渉経験は豊富でも泥臭いルール無用の残虐な駆け引きを日常的にやる辺境貴族には対応出来なかった。それが一般的な辺境貴族が使う賄賂やハニトラならまだ良かった。使者もそれは警戒していたし、何回か上手く躱したと俺に自慢していた。だからか、使者の騎士道ロマンチシズムを刺激する本命にはあっさり引っ掛かった。
突き詰めると事は単純明快だ。クロードとアッシュには院長殺害から放火まで様々な嫌疑が掛けられている。これを辺境伯の権限で裁判に掛ける事は出来るが、戦争前にそんな些事に割く時間は無い。そう言う状況なので王国貴族なら行動で身の潔白を証明すれば良い。それをするには決闘裁判か遍歴裁判が一般的だ。俺は前者がよかったんだが、辺境伯はオークの脅威を理由に前線の強行偵察を主張した。使者も辺境伯に同調したため、俺は軽く見積もっても10万規模のオークが屯している最前線に赴くことになった。遍歴裁判は基本的に道中で死ぬ前提で派遣先が決定されるが、ここまで露骨なのは珍しい。
一人で行くには大変と言う辺境伯の好意で部下までサービスして貰った。辺境伯の太っ腹な行動を使者が手放しで褒めていたので、生きて帰れたら脛を蹴るくらいは許されるだろう。
「主君、あそこです」
考え事をしていたらいつの間にか洞窟の傍まで来ている。
「これならルビーとリルは中で休めそうだな。リルは食糧と毛皮を出せ。ルビーは火だ」
俺は矢継ぎ早に指示を出す。リルを連れてきているので『アイテムボックス』持ちは彼女だと誤魔化せる。幾ら化け物染みた洞察力を持つ辺境伯でも同年代の元孤児二人が『アイテムボックス』を持っているなんて想像すら出来ない。王家が情報戦で完敗しようとも、俺は勝率3割程度は維持してみせる。
そんな感じで波乱溢れる北の強行偵察は続く。二日も歩けば最前線の砦に到着する。そこが落ちているかどうかで何人生きて帰れるか決まりそうだ。
応援よろしくお願いします!




