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131 ドワーフ街 続ヘンリーと密会 上

 500年前にこの世界は滅亡手前まで行った。そして世界を作った8人が中心になってユーグリン王国を建国した。孤児院ですら教える知識だからこの世界の人間は全員知っている。だがどうやって救ったか、の詳細は一般にはぼかされている。勇者が邪神を斬った、なんて言う眉唾が平気で信じられている。


 何が起こったかは当事者であるクロードの先祖から代々継承されている。王国の中央貴族も全員知っているのでクロードの記憶が特別重要と言うわけではない。だが他人である俺に取っては有益な情報だ。


 邪神との戦いは勇者が主導して結界を張る事で終結した。邪神と邪神勢力をこの世界から追い出す事に成功した。何処に追い出したかまでは分からない。この結界が無事な限り邪神はこの世界に帰って来る事は出来ない。この結界は8つの核があり、1つの核は3つの要素から成り立っている。一つ目の要素は八柱の大精霊だ。二つ目の要素は大精霊がこの世界で力を行使出来る様にするために必要なA級ダンジョンから作り出した魔導炉だ。三つ目の要素は大精霊と魔導炉を繋ぐ人間の契約者だ。契約者の事を聖戦士と呼ぶが、その本質は人柱だ。それも子々孫々永久的に受け継がれる呪いのおまけ付きだ。なんらかの方法で風の大精霊を討伐しない限り、クロードの1000年後の子孫は風の聖戦士になる運命にある。


 こんな大事な結界だ。継承者一族はさぞ手厚く保護されていると思うのが普通だ。実際は既に半数が消滅している。前世にあった電子部品と違い、一度発動した魔法の結界は多少核が欠けても発動し続ける。1つ欠けても問題無し。2つ欠けても問題無しと主張できる。3つ欠けると邪神の配下である下級悪魔が世界に現出出来る。4つ欠けると中級悪魔が世界に現出出来る。この中級悪魔の実力は不明だが、ルルブのエネミーデータを基準に考えるのなら、レベル10の戦士が100人居たら勝てる程度の強さだ。中級悪魔が都市を攻めずに農村を滅ぼす作戦を取れば一体でも国を潰せる。5つ欠けると上級悪魔が世界に現出出来る。こいつが来たら世界は終わる。本来は連発出来ない『コールゴッド』や『ディヴァインウィッシュ』をどこぞの売り尽くしセール並みに連発すれば数体は倒せるはずだ。


「アッシュさんが死ぬと5つ目が欠けると?」


「そうだ」


 ベルファの問いに答える。


「待ってください。アッシュの重要性は私も評価しますが、継承者候補はもう一人居ます。彼が選ばれる可能性があります。マックス様もそう睨まないでください!」


 ヘンリーはクロードの腹違いの弟を持ち出す。クロードの父の息子、と言う一点で彼が選ばれる可能性があると一般的には思われる。それとマックスは何故か俺の腹違いの弟が嫌いみたいだ。良い事だが、彼の本性を知っている身としては何をやらかしているのか心配になる。


「神が介入してまで生かしたアッシュを選ばない事があるか?」


 ガングフォールの話に全員が頷く。


「それは早計だ。実は冬至祭の折に神殿で祈ったんだ。その時に風の大精霊に死の一歩手前まで攻撃された。体に大穴が開けられたのに良く生き残ったと今でも思う」


「そんな事があったらもう一人で確定だろうが!」


 カーツが試合終了を宣言する。マックスが何か抗議しようとする前に俺が続ける。


「だと良かったんだが、ちょっと面倒な事態が発生した。そしてヘンリーには最初に誤っておく。『本当にすまない!』」


「急に謝れても困ります。一体何が……」


「俺が死んだと思ったら礼拝堂に居た。一緒に祈っていた子が光の大精霊の啓示を受けたんだ」


「一緒に祈った女!?」


「突っ込むのはそこじゃないと思う」


 ベルファの目が鋭くなる。


「それは慶事です! となるとやはりアッシュが……」


「ヘンリー、絶対にろくでもねえ事だ」


「彼女曰く『風の行動の詫びとして光が彼女に「光魔法」スキルを与える』だそうだ」


「意味が分からんぞ」


「心配するなガングフォール。その場にいた俺ですら分からない」


「その女性は「光魔法」スキルを得たのか?」


「得たどころか一月でレベル4まで上がった。もはやラディアンドで3本の指に入るヒーラーさ」


「それは本物です!」


 ヘンリーが大声で宣言する。


「そうだとすると、なんでアッシュが詫びる?」


 カーツが訝し気に俺を見る。


「彼女は『聖典派』だ。それもとびっきり筋金入りの狂信者だ」


 神殿には様々な派閥がある。その中に位置する『聖典派』は少し特殊だ。王国と神殿の愚民化政策で作られた人工派閥であり、上層民が魔法スキルを独占するために下層民を出鱈目な魔法知識で洗脳するのを目的とする。シーナが神殿に取って特別な位置にある『光魔法』を得る事は絶対にあり得ない。あってはならない凶事にほかならない。


「悪夢です」


 頭を抱えるヘンリー。


「どういう事でしょう?」


「人の浅知恵で精霊を操縦しようとして手痛いしっぺ返しを食らったのじゃ。ベルファも鍛冶をやる時は炎神の声に耳を傾けよ。さもなければ火傷では済まんぞ」


 訳が分からないベルファにガングフォールが丁寧に説明する。やはりガングフォールはドワーフでありながら人の世に詳しい。流石は氏族長と言った所か。


「俺は神殿に入る際に身分を僭称した」


「まさかぁぁぁ!?」


 ヘンリーの声が悲鳴に近づく。


「喜べ、コームグラス派に聖女が誕生したぞ」


 済まんヘンリー、と心の中で100回は謝る。でも聖女は既に誕生しているし、コームグラス家と紐付けされている。


「あぅ……」


 ヘンリーが人語を放棄した!?


「政治的な爆弾なのは謝るが、今年中に『光魔法』レベル6に到達する人類最高の癒し手なのは紛れもない事実だ」


 必死にフォローする。


「マジか! 良しちょっとラディアンドで勧誘して来るぜ!」


「待ちなさい! そんな勝手を許すわけ無いでしょう!」


 カーツが本気なのを悟ってヘンリーが復活する。


「聖女の事は重要だが、まずはアッシュの事だ。聖女が誕生するのならアッシュが継承者と言える」


 マックスが脱線する話題を無理やり戻す。


 神々はそう考えているのだろう。マックスもその線で人間を説得出来る。


 だが俺ではどうにも出来ない問題がある。継母が邪教徒であるクロードは連座で処刑される運命にある。そしてマックスが俺を庇いたてすれば、マックスもまた邪教徒の友として殺される未来が待っている。この回避不可能なデッドエンドをどうやったら回避出来るのだろうか。


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