128 ドワーフ街 ヘンリーと密会 上
赤面したベルファが急いで部屋から逃げる一幕を挟んでガングフォールとヘンリーが席に着く。
「いざ会うと何から聞けば良いのか迷います」
ヘンリーには完全な不意打ちなので当然の反応だ。
「俺の方はまた面倒な話だ」
「ラルフが貴方を送るほどの事ならさもありなんです」
「ラルフ? 誰だそれは?」
「え? アッシュはラディアンドに先行したラルフと会っていないのですか?」
「会っていない。俺は面倒事に巻き込まれたミスリルヴェルドの女性をデグラスに帰しただけだ」
その女性が先ほど部屋を逃げ出したベルファだと軽く触れておく。
「これはどういう事でしょう?」
ヘンリーが両腕を組んで天井を見る。どうやらヘンリーが想定していない事態になったみたいだ。俺がマックスの屋敷にすぐいかなかった事に文句を言っていたのと関係があるのかもしれない。
「そもそもだ。俺はラルフの顔を知らない。どんな奴なんだ?」
俺と接触せずに遠巻きに監視していた可能性はある。どんな男か知らないが、流民街に足を踏み込む事はないだろうし接触が無いのは不思議ではない。
「ラルフは譜代家臣の次男で40歳弱の紋章官見習いです。調査任務にはそこそこ長けているはずですがアッシュと接触できなかったのは気になります」
「中央貴族の部下がラディアンドに行くのは自殺行為だ」
ラルフの父親は騎士爵くらいだろうか? 土地勘のない奴が戦争に備えている辺境伯の領域に踏み込むのは危険過ぎる。何処かで下手を打って地下牢で転がっているかもしれない。
「はは、流石にそんな事は無いでしょう」
「俺がラディアンドに帰ったら調べてみる。他に何か特徴か同伴者の情報はあるか?」
「それならキスケが一緒に居ます。それとダニクと言うノームの吟遊詩人も一緒のはずです」
「あのキスケの噂を俺が聞かないのは変だな。ちゃんとラディアンドに到着したのか?」
道中でゴブリンに襲われて、と言う可能性を指摘する。
「雪が降り始める前の最後の大規模キャラバンと一緒でした。冬至祭に参加して、そのまま春までラディアンドで過ごすデグラス商人が主導しているので間違いありません」
「なら無事に到着したと仮定できる。ダニクは酒場で歌うタイプか?」
「あの音痴がどうやって歌の仕事を得るのか分かりませんが、デグラスでは酒場で歌っていました」
「そんなノームの噂話は聞いていないぞ。俺は知り合ったドワーフのために酒を酒場で購入して貰っていたが、そんな変なノームが居たらすぐに全ての酒場で噂になる」
俺はダイアウルフの毛皮を餌にラディアンドの元孤児に町中で買い物と情報収集を頼んでいる事を二人に伝える。パワーレベリングとスキルのレベルアップについては伏せたままだ。
「となると、あの3人は一体何処に……」
「ラディアンドを越えて侯都に進んだ線はどうじゃ?」
ガングフォールが一つの可能性を提示する。この領地全体で何か動きがあるのか調査するのならラディアンドか侯都のどちらかだ。
「それはありません。彼らはラディアンドでは無くアッシュの調査が任務です」
ヘンリーが言うべきか迷うが、この非常事態に言葉を濁す余裕は無いと判断する。
「むぅ……」
それを聞いてガングフォールは余り気分が良くない。俺が命懸けでベルファを救っただけに俺への好感度が高い。
「はは。マックスに近づく凄い怪しい男なのは否定出来ないからな」
俺は豪快に笑い飛ばす。俺が不快に思う素振りを見せたらマックスとガングフォールの関係にヒビが入る。
「説明させて貰えるのなら、貴方が処刑宣告を受けた裁判の調査から始める予定でした」
ヘンリーがダニクの事前調査で裁判の不正を疑うしかない事実が判明したので、3人を派遣した事を伝える。ガングフォールも裁判の件を聞いて絶句する。
しかし、これは不味い。
ヘンリーは俺がクロードだと思っているはず。紋章官見習いまで派遣するのならクロード・ゲイルリーフまでたどり着いたか。ただの人材不足での派遣の可能性もあるし、まだ決め打ちするのは危険か。
「……ん?」
何か気になる。
「どうかしましたか?」
ヘンリーとガングフォールが俺を見るが、二人を無視して知恵を絞る。キーワードは「3人」と「危険」だ。何か思い出せそうだ。
「ラルフはデブか?」
「お腹は出ています」
「ちっ……となると……」
俺はルビー達から色々な情報を貰っている。中には「近所の猫同士が喧嘩した」みたいな報告件数を水増しする情報もあるが、「良い酒を解禁した酒場」みたいな使える情報もある。そんな玉石混交の中で俺はリルの情報を一番高く評価しているし、今回もリル絡みだと考えた。だが今回はハズレ情報に定評があるミリスの情報が謎を解く鍵だ。
「あの……」
俺の百面相が心配になったヘンリーが語り掛ける。
「すまない。元孤児から買った情報に該当するものがあった」
「本当ですか!」
「冬至祭の中盤にとある一家三人の首無し死体がラディアンドの中央を流れる川の上で発見された」
「それがどうしたのです?」
ヘンリーは相変わらず額面通りに話を受け取り過ぎだ。
「調査をやったのは冬至祭で忙しすぎる衛兵だ。ラディアンドの市民じゃないと判断されそこで調査は終了だ」
寒い冬の間に川に入るのなんて見習いの臨時手伝いなのは言わない。年功序列的に初めて臨時手伝いをしたミリスが引き上げたのではないかと睨んでいる。彼女じゃなくても彼女と同じ立場の子である事は疑いようがない。
「杜撰とは思いますが……」
「首が無いノームは子供にしか見えない」
ラディアンドにはただでさえノームが少ない。更に水死体なら近くでしっかり調べないと分からない。前世の様な鑑識が無いから調べても分からない可能性が高そうだ。貴族の死体なら上も下も総動員で調べるが、子供の死体ならゴミ捨て場に捨てられて終わりだ。
「え!?」
「噂では女性はウェストが細い美人で男性は裕福な商人だ。下世話なゴシップでは女性が男性の子を産んだ愛人で、全てを知った本妻が暗殺者を雇った事になっている」
酒のつまみ程度の下種な話だ。多少の誇張はあるだろうが、3人の身体的特徴が合致する。
「そんな……ラルフが死んだなんて……あり得ません!」
狼狽するヘンリーにガングフォールは黙って酒を差し出す。
「俺に関われば死ぬ。マックスもベルファも遠ざけたのは伊達や酔狂じゃない」
気分は最悪だ。俺の過去に関わる事でまた人が死んだ。
「アッシュ! 貴方は一体何者なのです!?」
それを聞いてラルフの死でショックを受けているヘンリーが激昂する。
「あっ! いえ、別に話したくないのなら……」
そして口ごもる。
「知りたいなら話そう」
「え、本当ですか? ずっと秘密にしていたようでしたので……」
「覚悟はあるか? 聞けば二度と枕を高くして眠れない」
何せ俺が死んだら人類滅亡だ。それなのに王国最強の辺境伯と風の大精霊は俺を殺そうと全力を出している。それをヘンリーに背負わせるのは酷だ。そしてマックスにだけはそんな重荷を背負わせるわけにはいかない。
さてヘンリーは何と答えるだろうか?
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