122 ドワーフ兄妹 追っ手
翌朝、俺とベルファは素早く集落を出る。離れに居たソッドが同族の誼で付いてくると言ったが断わる。ソッドとロバが一緒では移動ペースが遅くなりすぎる。最終的に万が一道中で倒れた際に一族に伝えるメッセージをベルファがソッドに託す事で納得させる。それでもソッドの不満が消えたわけではないが、これ以上時間を掛けるわけにはいかない。ソッドが見えなくなった頃合いを見て、ベルファをお姫様抱っこして全力で走り出す。
「ソッドには少し悪い事をしました」
「やはり知り合いか?」
「ハーフドワーフで鍛冶の才能が無い者は一纏めに育てられます。モーリックが才能の片鱗を示すまでそこで一緒でした」
ドワーフはドワーフでハーフドワーフの育成に頭を悩ませているのだろう。ハーフドワーフの背丈は人間寄りになるため、ドワーフ用の施設を使わせ辛い。特に鍛冶師と戦士系の職業は防衛の観点から天井が低い。山岳要塞から平地に移る事で状況は多少改善していると思うが、先祖代々受け継いだ鍛冶道具は山岳要塞から動かせない。そしてドワーフ種族全体の目標が山岳要塞の奪還にあるから、背が高いハーフドワーフの育成は二線級のドワーフに任せるしかない。
「お兄は他のドワーフに比べて見習い卒業は遅い方でしたが、ラディアンドのドワーフ鍛冶が増員を発表した事もあり、流しの職人として認められました」
何だと? ベルファは今サラッととんでもない事を言ってくれる。ドワーフ鍛冶を増員する理由なんて一つしかない。
「増員はいつ頃から?」
「2年前です。話そのものは5年前からあったそうですが?」
「2年前ならオーク関係と思うが、5年前となると別件か」
俺は辺境伯が5年前から軍備増強を考える必要があったなんて知らない。孤児院から鍛冶職人に進む孤児が増えたわけでもない。何処かで重要な情報が欠けている。もっともぶっ飛んだ考えをするのなら、辺境伯は10年後に世界が滅びる事を知って少数精鋭の部隊を組織している、か。辺境伯が知っているのなら王家が知らないわけはない。その場合、マックスをこんな所で遊ばせる余裕は無い。ラディアンドに帰還したらリルに探らせるか。
その日は一日中走り続けたが次の集落に到着しなかった。ベルファには悪いがダイアベアの毛皮と酒で夜を乗り切って貰う。
「アッシュさんは寒くないのですか?」
朝早く起きたベルファが問う。
「ダイアウルフの毛皮があるから大丈夫だ」
寒さは余り感じないが、指が冷えると槍捌きに影響が出る。ここら辺の差異をここで実感できて良かったと思う。俺はまだ人間だから『ダンピール』レベル5によるパッシブな能力底上げが完全にかみ合っていない。ルルブにはNPC限定でダンピールのダブルクラスはあったが、人間のダブルクラスで『ダンピール』を持つキャラビルドは無かった。それとは別にそろそろアンデッド化するはずなんだが、幸いにもまだその予兆は無い。
「今日も走りますか」
「……少し待て」
俺はそれだけ言って近くにある大木の上まで『跳躍』を使いながら駆け上る。
「近い。夜通し走るとは運が悪い」
それだけ呟くと俺は気を降りる。
「どうかしました?」
「追っ手だ。ソッドは良い仕事をしてくれた」
そう思っておこう。追っ手はハーフドワーフを追っている。男のハーフドワーフを見つけたら尋問くらいするはずだ。ソッドが集落に滞在している間に出くわせば、特に嘘をつかずとも「夜通し走れば追いつく」と言えば追っ手は無理押しする。ブラック企業時代に三日後に納品が明日納品になって徹夜のデスマーチが日常茶飯事だったから良く分かる。こんな寒い中で終わりが見えたら気力だけで前進する。こういう時は俺とベルファみたいにゆっくり休んで体調を万全に整えることが大事なんだが、それを実践出来る人は少ない。
「迎え撃ちます?」
逃げるのか戦うのか聞くベルファ。
「少し行った所に戦いやすい場所がある。そこまで走る」
俺に取って戦いやすい場所は追っ手に取って戦いやすい場所とは限らない。
素早く移動して軽い食事を済ませて待つ事1時間。
馬上騎士一人、馬上従者二人、そしてまだ見えないが彼らの後方から馬車の音がする。徒歩兵も10人くらいか。流民一人相手に張りこみ過ぎた。余程の不都合を隠蔽したいのを体で表しているみたいじゃないか。
「その義手! 貴様がアッシュと言う者か! 辺境伯閣下の命で貴様を討つ!」
「邪教徒と結託する辺境伯に与する男よ。貴様に騎士の誇りがあれば、討つべきは辺境伯だ!」
「黙れ! 閣下の正義は揺るぎない!」
騎士は顔をゆがめて必死に怒鳴り返す。
邪教徒との結託を認めたも同じだ。それでも辺境伯の正義が王国の法を凌駕すると宣言する事で罪の意識を無理に閉じ込めている。前世でも企業が違法行為をしているのを知りながら黙って従った社員の話題が定期的にニュースに流れたが、この騎士はそれと同類だ。
「俺は陛下の臣として邪教に溺れた辺境伯を誅す義務がある」
心にも無い台詞だが、クロードが言うのなら嘘じゃないからセーフだ。さて、この男はどう動く? 流民の戯言としてそのまま馬上から斬りかかるか。それとも彼の騎士道に刺さって次に取るべき手を迷うか。
「流民が臣を語るか!」
「司法が邪教徒に乗っ取られていれば不正な判決が出るのは必然! 恥をかきたければ王都の貴族院に訪ねよ」
彼が馬鹿正直に問い合わせる気なら俺は急いでデグラスに行ってマックスに辻褄合わせを依頼するしかない。
「貴様が青き血だと言うのなら、私は貴様に一騎打ちを申し込む! 逃げるとは言うまい?」
馬車が到着するのを確認して騎士が俺に一騎打ちを宣言する。糞、貴族を騙るのならこの挑戦からは退けない。
「良かろう。条件を提示しろ」
俺が勝てば俺とベルファの追撃を辞めてラディアンドに引き上げる。彼が勝てば俺とベルファの命は無い。
「ベルファは……」
「その条件で受けます」
俺がベルファの件を交渉しようとしたらベルファが俺を止める。
そのまま双方とも短い準備時間を取る。俺には準備が必要ないが、この時間でベルファの真意を確認しようしたら先手を取られる。
「アッシュさん、貴方が負けたら私はこのダガーで自刃します」
ベルファがモーリックを殺した時のダガーを両手に握って言う。ベルファが余りにも俺を真っ直ぐ見据えるものだから俺は頷く事しか出来ない。
そしてそのまま一騎打ちのためにベルファから離れる。
「名も知らぬ騎士よ。俺がどうしても勝たないといけない理由を作ったのは失策だぞ」
「些事だ。ここに来て生身の相手に魔導鎧は卑怯とは言うまい?」
馬車の荷台に積んであった魔導鎧が白い煙を全身に纏いながら前進する。
なるほど。俺との会話は魔導鎧が到着するまでの時間稼ぎか。
「問題無い。始めよう」
一騎打ちで弱い方に合わせる必要は無い。持てるカードを全て切って全力で戦う。それに俺の左手は厳密には魔導鎧だ。これを使う事に躊躇しなくて良いのは大助かりだ。
かくして俺はベルファのために魔導鎧を纏う騎士と激突する。
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