121 ドワーフ兄妹 逃避行
1月から4月まで連続更新達成! この章の最後までのプロットは出来ているので5月も連続更新を継続できそうです。
俺はベルファをお姫様抱っこしたままデグラスへの道をひた走る。壁を超えた時の姿と唯一の違いはガングフォールの槍を背中に背負っているくらいだ。槍は余計な重荷だが、背負っていないと襲われた時に使えない。追っ手を一人残らず皆殺しにするのなら『アイテムボックス』がバレても良いが、ベルファを守りながらそれを成すのは俺の実力では無理だ。それに俺が感知出来ない情報収集専用の追っ手が放たれる可能性がある。高レベルの『隠密』スキルを持っていれば俺の情報なんてすぐに抜ける。常識的に取れる防諜手段は取った。後は逃げ切るのみ。
「アッシュさん、休まなくて大丈夫ですか?」
ベルファが不思議そうに聞く。既に三時間近く走り続けている。
俺が選んだ道は最初にデグラスに行く時に使った獣道だ。実際は途中から道沿いに進んだため、この区画は初めて走る。俺のステータスで揺れを最小限に抑えて無ければベルファは悪路走破の影響で盛大に吐いているだろう。本当はより直線的な大通りを使いたい。でも追っ手を考えると大通りは面倒だ。俺と追っ手の部隊がサシで戦うのなら勝つ自信がある。だが大通りには他の通行客がいる。この時期に移動するのは余程の変わり者かその行動が国家の浮沈に関わる者だ。こういう奴らは少数精鋭なのが相場だ。彼らまで敵に回ったら俺でも捌き切れない。
逆にこの獣道沿いには集落が数個ある程度だ。彼らは俺と追っ手の戦いに巻き込まれたくはない。追っ手が貴族なら強制的に動員出来ない事は無い。しかしオークの軍勢が近いのに貴重な動員日数を俺のために使うとは思えない。それに集落の長は強かだ。俺と戦うのならラディアンドの庇護下に入って村として認定される事を条件にするだろう。追っ手がそこまでの独自裁量権を与えられる可能性は無いはずだ。
「問題無い。二回死んだ影響で少し人間を辞めている」
モンスターは人間に比べて疲れない。その理由は不明だ。ルルブの一説によるとモンスター職は『マナ呼吸』スキルを内包しているため疲れ知らずらしい。そして俺の『ダンピール』職には『マナ呼吸』が個別スキルとして存在している。首輪があった頃も『マナ呼吸』頼りで長時間走り続けた。当時に比べ、ベルファ分の重量が増えたことより俺のステータスの上がり幅が大きい。完全に人間を辞める覚悟があればラディアンドからデグラスまで休みなしで走り切れそうだ。
「は? 笑えない冗談です」
「一回目は一時間ほど前に横切った廃寺院で邪神の生贄にされた。二回目は大聖堂で風の大精霊に腹に大穴を開けられた。死ぬたびに俺の体はアンデッドに近づく」
クロードは一回目で確実に死んだ。俺は二回目で死んだか分からない。気付けば『ダンピール』職がレベル5に上がっていたし気持ち的には死んだと思う。前世のトラックまで数えたら3回かな? だがベルファに前世の事を言っても信じて貰えるか分からない。
「そんな!? どうして神々はアッシュさんにそんな酷い事を……」
「俺の体に流れる血の影響だ。死に辛いんだから、それで良いと納得している」
「私はアッシュさんみたいに強くは成れません」
「俺もこの身体を持て余しているが、ベルファを家に帰すのに役立つなら嬉しい」
「アッシュさん……」
顔を赤らめるベルファを見て、寒いのではないかと心配になる。
「もう数時間走ったら集落があるはずだ。なんとかそこで一泊しよう」
夜の気温は氷点下だ。ステータスが高い俺はこの程度の寒さを寒く感じない。しかし職人系ハーフドワーフのベルファは眠ったら凍死するかもしれない。度数の高い酒とダイアベアの毛皮があれば一泊くらいは持ちこたえると信じたい。この逃避行で屋根がある夜を過ごせる日は余り多くない。
その後は集中して走る。獣道に近づくゴブリンとダイアウルフは俺がちょっと殺気を飛ばすと全力で逃げる。ルビー達とのパワーレベリングで予算に余裕が無ければ意地でもダイアウルフだけは狩っていた。そして集落から立ち上る煙が見えた辺りでベルファを降ろす。
「ベルファ、ここからは歩きだ。集落にお姫様抱っこで入ると変に注目を集める」
「あら、私は構いませんのに」
「そう言うのは来年辺りの後悔になるさ」
ベルファはモーリックが死んで命からがら逃げている途中と言う非日常の展開で感覚がマヒしている。落ち着いたら婚約者でもない男と二人旅をしていた事に後悔するのは言うまでもない。
寒い上に夕日が地平線に沈みそうな時間だから誰も外に出ていない。集落の周りには子供でも乗り越えられる塀しかなく、誰かが出入りを監視しているわけでもない。灯りが灯っているのは大きい家だけだ。
「行くぞ」
俺が先導して集落に入る。そのまま一番大きい家に向かう。
「静かですね?」
「娯楽が無いからな」
大きな町になれば夜でも多少の動きはある。ドワーフなんて夜通し鍛冶仕事をするから相対的にドワーフの住んでいるエリアは昼間より五月蠅いほどだ。
扉を何回かノックすると中から老婆が出て来る。
「何か御用で?」
「身内の不幸があってデグラスに帰る途中だ。一晩泊める事は可能か?」
「困りました。離れはいつも来る行商人に貸しています。畜舎で良いのなら……」
老婆は明らかに断って欲しい感じで話す。だがここで引き下がる様ではブラック企業時代を生き抜けなかった。
「行商人と交渉したい」
「彼が断われば諦めてください」
「分かった」
老婆は行商人に面倒な二人組を押し付けられる。俺は行商人を銀貨で殴れる。一人旅なら値切るが、ベルファの安全を考えると余り無茶な交渉は控えよう。
老婆に案内され向かった離れの灯りは既に消えている。老婆が何回かノックするとやっと中から声がする。
「この声……」
「あっ! 私も聞いた事があります」
どうやら俺とベルファは同じ人物を知っているみたいだ。
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