119 ドワーフ兄妹 返り血
ゴールデンウイーク中も頑張って毎日更新します。
「モーリック、家に帰ろう。ベルファが待っている」
「……」
連れてこられたモーリックはゾンビの様にただそこに立ち尽くす。焦点の合わない目は何も映さない。二日でここまで変わるものか? ここに収容されて何かされた可能性が高い。残飯はモンスターの毒性をかなり薄めているはず。ここでもし薄めていない原液みたいなのを口に流し込まれているのなら、この変化も説明できる。
ここから屋敷に踏み込んで現場を見てもモーリックの助けにはならない。本気で調べるのなら調査系スキルのレベルを上げた俺とリルの二人掛かりでやる必要がある。だがスキルポイントの関係でそこまで強化するのは無駄になりそうだ。調べるのなら何処かで探偵ビルドに特化できる人材を探す必要がある。より手強いモンスターを倒してレベルアップを目指す俺とルビー達にはシティアドに費やせるスキルポイントは無い。
「今日連れ帰った所で明日にはまたここに来るだけだ!」
トウクが笑いながら言う。ハーマン以外の奴らはトウクに釣られて笑う。ハーマンも笑った方が良いんだが、俺の実力を肌で味わったから笑えないみたいだ。
トウクがあっさりモーリックを引き渡したのにはそんな理由があったか。ハーマンと一騎打ちをやっている間に手勢を集めて数の暴力で俺を止めるかと思っていたが、その可能性が潰えて助かった。マフィアとは言え、殺し過ぎたら流民街のパワーバランスが変わる。オークが本当に攻めて来るのなら、この時期に流民街が不安定になるのは好ましくない。
俺はモーリックの腕を掴み歩き出す。モーリックの足は体がこけない様に前に出るが、もはや本人には歩いている感覚は無いだろう。
無言で流民街を歩く。道端に座り込んで普段は何があっても空を見ているジャンキーがモーリックを目で追う。流民街の全てがモーリックを見ている錯覚に陥る。『魔物化』による何らかの連帯感があるのか? モンスターは集団知で数が増えるほど賢くなると信じられている。俺はそれが違うと知っているが、もはや助からない流民街の住人を見るとルルブの方が間違っているのではと心配になる。ルルブによると、モンスターは数が一定数を超えると、特定の基準を満たした個体が上位種に突発的進化する。その上位種が賢いなら、他のモンスターを指揮して大きな脅威となる。クロードが殺された廃寺院でレアなゴブリンの上位種が居たのはそのためだ。
ふと立ち止まり辺りを見回す。俺を見ているわけではないみたいだ。
「ふぅ」
安堵のため息が自然と出る。上位種に思いをはせている時に気付いてしまった。流民街にその上位種が居る可能性は高い。そしてその存在は俺と同系統かもしれない。モーリック達がどんなモンスターになるのか分からないが人型は失わないだろう。そうだとすると『ヴァンパイアロード』みたいな上位の吸血鬼なら実力で支配出来る。人の社会に紛れるだけで無く、人類と共生しながらモンスターを支配出来るモンスターなんて数種類しか知らない。共生と言っても、ヴァンパイアから見れば関係を持つ人間は餌場の管理人程度の認識だ。ルルブのリプレイとクロードの記憶双方でこの試みが成功した例はない。
もし辺境伯が上位種をオークにぶつけて共倒れを企んでいるのなら、辺境伯は肝心の所で上位種に裏切られるだろう。前世のブラック企業時代でも獅子身中の虫を独特なカリスマで支配していると思い込んだ上司が何人も居た。そう言う上司は何故か仕事を辞めたり、自殺したり、警察のお世話になったりした。……俺はまたラディアンドの闇を見つけてしまったのか。
「モーリック、もうすぐ家だ」
「……」
「聞こえるか分からないが、ベルファは任せろ。今日ラディアンドを発つ」
「……」
「俺を信じろ」
「!……」
一瞬だがモーリックの目に知性が宿った気がする。だがそれは一瞬で消える。その一瞬だけでも俺には十分だ。
***
名前 モーリック
種族 ハーフドワーフ(22)
職業 斧戦士2、ドワーフ鍛冶師4
位階 13/18
SP -1/17
職業スキル
斧戦士
└02/10 斧術
└02/10 『体』増加
ドワーフ鍛冶師
└04/10 ドワーフ鍛冶
└04/10 鍛冶
└04/10 武器製造
└02/05 鉱石鑑定
個別スキル
生活系
└02/05 共通語
└03/05 ドワーフ語
└06/10 魔物化
└01/10 魔導鎧鍛冶
***
『プロトブレイバー』が初めてモーリックを通じる。失うのが惜しいスキルを多く持っているじゃないか。
「10年あればデグラスを代表する鍛冶になれたぞ!」
「……」
「皆まで言うな、分かっているさ」
ベルファは何らかの方法でモーリックのスキルを継承出来ると考えている。だが今のモーリックとそんな儀式に及んだらどうなるか皆目見当がつかない。だが俺の『プロトブレイバー』を使えばベルファが必要とするスキルを与えることが出来る。
「アッシュさん、お兄!」
「帰ったぞ」
俺達が歩いているのが見えたため、ベルファが扉を開けてモーリックを迎え入れる。
「アッシュさん、ドアをお願い」
ベルファがモーリックを部屋の中に連れて行く。俺はドアを閉めて施錠する。ドアはぼろいが、錠前はドワーフ製だ。無理に押し入るのならドアを破壊した方が早い。
「終わった。次はどうすれば……」
そこでベルファがモーリックの心臓を貫く瞬間を目撃し言葉を失う。返り血を浴びながら立ち尽くすベルファに俺は何と声を掛ければ良いんだ?
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