118 ドワーフ兄妹 ハーマン再び
俺はエリックに教えて貰った場所の事前知識を持っていない。屋根に色がついていないので流民街にしては少し大きい家にしか見えない。だが入口の前に見張りが二人立っている。ここが関係無い場所で俺を遠ざけている際にベルファに手を出す作戦だとすれば見事だ。チラッと鍛冶屋の方を見る。放火の煙は出ていない。俺はエリックが真実を伝えたと信じてその家に向かう。
「ここは立ち入り禁止だ!」
「ここにハーフドワーフが居る。返してもらおう」
「消えろ!」
「……」
俺は無言で腰に凪いでいる剣を引き抜き、見張りの首に突き付ける。
「貴様ら全員を殺しても良いんだぞ?」
「てめぇ!」
もう一人の見張りがどう動くか迷う。
「上役を呼んで来い。エリックの許可は得ている」
「エリック様の?」
「あ、バカ!」
片方の見張りが口を滑らす。もう片方が叱責するが遅い。
「貴様らの漫才を聞く気は無い」
二人の会話を強制的に打ち切る。見張りの一人が家に入るのを見て、俺は剣を降ろす。
数分待つと上役と思われるハゲが出て来る。目の腐りっぷりが前世のブラック企業時代に話した中堅暴力団を思い起こさせる。不人気ゆえに安定したシマを持っているが、上に行くルートが閉ざされている様に思える。こういう奴らは自分のシマに変なプライドがあるから商談を成立させるのが面倒だ。腕の一本でも切り落とすか? ……不味いな。『ダンピール』レベル5の影響なのか人間相手に不必要なほど攻撃的になる。
「貴様がトウク様のシマを荒らすガキか?」
「ここをシマ呼ばわりって、どんだけ玉が小さいんだ?」
「死にさらせ!」
軽いジャブで激昂するなよと思うが、トウクの方から攻撃してくれて助かる。止まっている様に見えるパンチを左手の義手で止める。
ミシミシ。そして少し潰す。
「て、てめぇ……」
トウクは苦悶の表情を浮かべるが、周りの部下に助けを求める事は出来ない。助けを求めればそれはトウクの弱さになり、下克上の気風が強くなる。
「ハーフドワーフの名前はモーリック。職業は鍛冶屋だ。一人だけ引き渡しても問題は無いだろう」
ここに何人居るのか分からない。地下があるとして100人くらい収容出来るだろうか。その中から一人返しても誰も問題にしない。
「ぐぎぎ……」
「3つ数える内に答えろ。3、2……」
俺はトウクの手を放し後ろに跳ぶ。
「そこら辺にして貰おうか」
俺が一時距離を開ける事を選ぶほどの斬撃を放ったのは見知った顔だった。
「確かハーマンだったか? ここまで堕ちたとは残念だ」
「人間の世界にはルールがあるってのをガキに教えるのも大人の仕事だ」
「人間であることを否定された俺がそれで納得すると思うか?」
「だから力尽くでやるのさ!」
「止めておけ。今回は俺に戦う理由がある。死ぬぞ」
俺の発言を聞いてハーマンは一瞬押し黙る。流民街の入り口でやったお遊びとは違う。俺たちが本気になれば血が流れる。
「後一日遅ければ『もう遅い』で終わったんだがな」
ハーマンが剣を大上段に構える。身長差を最大限活用して上からの一撃に賭けるか。
それよりモーリックはまだここに居るのか。それは良かった。最悪モーリックを助けるために辺境伯を殺してラディアンド相手に一人で戦争をするところだった。
「なれば俺は意地でも押し通る」
対する俺は正眼に構える。『アイテムボックス』持ちなのを悟らせるわけにはいかないから今回は剣で戦う。俺の剣術は何処まで行っても基本の延長上みたいだ。
「ボス、俺が負けたらモーリックって奴をアッシュに渡してくれないか」
「……良いだろう」
モーリックを一騎打ちの景品にするか。ハーマンはハーマンなりに事態を収束させる努力をしているみたいだ。
「始めよう」
俺の声が引き金となり、ハーマンがフルスイングする。俺は軽快なステップで躱すも、攻撃に移れる前にハーマンの次の一撃が来る。それを剣で防御し、それからは防戦一方になる。
「はあああ!!」
ハーマンが腹に力を入れ強弱織り交ぜた攻撃の中に更に強い斬撃を放つ。
「ふう……」
俺はそれを間一髪躱すなり受け流す。
俺の方がハーマンより強い。ステータスと『剣術』レベル双方でハーマンを圧倒している。しかしハーマンは巧い。俺との絶対的な差を経験で埋めて戦い方を工夫する事で俺を押し込んでいる。もし『先読み』を与えたメアと模擬戦をしていなければこの一騎打ちに負けていたかもしれない。ハーマンの戦い方と『先読み』スキルは似ている。ハーマンがもっと死線を潜れば『先読み』スキルを得るだろう。
「はぁはぁ……」
「そろそろ終わらせよう」
肩で息をするハーマンと余裕の俺。ステータス差は嘘をつかない。5回目の攻撃までに俺を仕留められなかった時点でハーマンの負けは確定していた。その後も俺が油断するなりアクシデントが発生すれば負ける可能性はあった。だがそんな事は無く、順当に俺が優位を得る。
「……まだ、終わっては!」
「これで終わりだ!」
俺の攻撃にカウンターを合わせる考えなのは分かっている。俺がメアに散々やった手だ。カウンターごと食い破る!
俺とハーマンの剣が激突し、ハーマンの剣がはじけ飛ばされる。
「勝った!」
と油断した俺の顔面目掛けてハーマンの拳が迫る。無理な体制からの『跳躍』でパンチを躱し、ハーマンの首筋に剣を当てる。
「……参った。剣を飛ばして勝ったと思い込んだ所を殴れば勝てると思ったが……」
「一瞬遅れたらそうなっていた」
メアとの模擬戦でメアが好んで使う手だ。実際その手で強化後のメアに何回か負けている。ハーマンが一騎打ちでそんな手を使ってくるのは意外だったが、今回は俺の経験が生きた形だ。
「仕方がねえ。おい髭もじゃの奴を連れて来い」
トウクも諦めたのか、モーリックを連れてくるように言う。トウクが自分の上役に報告するか分からないが、少なくても言い訳が出来る状況にはなった。
このままモーリックを連れて帰るだけだ。そう思った俺は変わり果てたモーリックを見てしばし言葉を失う。
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