117 ドワーフ兄妹 救出作戦
「モーリックが二日連続で帰ってきていない?」
俺がいつもの様にルビー達のパワーレベリングをやって、その次の朝に流民街に帰るとベルファからモーリックの不在を知らされる。
「最近は鍛冶仕事すら出来なくなって」
モーリックは何処まで正気を失っても鍛冶仕事だけは続けていた。それすらしなくなったのはここ数日だ。鍛冶をやらなくなった事で一気に『魔物化』が進んだのかもしれない。
「ベルファ答えてくれ。モーリックは明日帰って来ると思うか?」
「来ません」
ハーフドワーフの双子だからお互いの事が分かる何かがあるのかもしれない。少なくても以前ならモーリックが帰っても来なくてもベルファはこれほど心配しなかった。
「荷物を纏めろ。それと放火の準備を頼む」
「放火ですか?」
「最悪この鍜治場を焼く」
「周りへの被害は?」
「出さないのが理想だ」
「分かりました」
ベルファは俺の突然の指示に驚くが、準備を滞りなく進めてくれるだろう。魔導鎧を『アイテムボックス』に回収し、ルビー達に買ってもらった良く燃える油をベルファに預ける。
「出来ればこの手は使いたくない。ただし使う使わないは別にして今日中に流民街を出る」
「デグラスに向かうのですか?」
「そうだ、ベルファの家に帰る」
冬が本格化し、夜には雪が降る日がある。そんな中でラディアンドからデグラスに徒歩で行くのは狂気の沙汰だ。俺のステータスからすればピクニックだが、ベルファにはかなり負担を掛ける事になる。
「大丈夫だ。モーリックとの約束は果たす」
未だ逡巡しているベルファを駄目押しで説得する。モーリックか彼の亡骸を回収すれば流民街の顔役と殺し合う事になる。人間に殺されるか雪に殺されるのならベルファは後者を選ぶ。人間だろうと雪だろうと俺がベルファを守り切るから心配ない。
「……ご武運を」
俺の雰囲気から戦いに行くと悟ったベルファが俺を送り出す。俺は振り返らず真っ直ぐ進む。
ベルファが俺を見えなくなる辺りで立ち止まる。どうしよう? モーリックが何処に居るのか皆目見当がつかない。「死んでました」とベルファに嘘をつくのが一番簡単だ。だがベルファは気付きそうだ。となると少なくてもモーリックの遺体を俺が視認しないと駄目だ。
流民街には二か月近く住んでいる。モーリックが行きそうな場所は残飯所と娼館だ。モーリックが捕らわれていそうなのがマフィアだ。最初の一つを襲った所で他の2か所が戦時体制に移行する。俺が襲った所にモーリックが居たら防備を固める他の勢力を鼻で笑ってベルファと逃げるんだが、少し博打が過ぎる。
「仕方が無い。正面から奇襲か」
流民街には4大勢力が存在している。根っこは同じだと思うが、表向きは別勢力となっているのだからそれを最大限に活用する。モーリックの行方に唯一関与していない勢力が一つある。エリックにはハーフオークの一件以来会っていない。まさか俺から訪ねるとはエリックも思うまい。
「エリック、居るか?」
俺はエリックの青い屋根の家に入る。
「居るぜぇ」
俺が来ても驚かないのは流石だ。だがそれは悪手だ。モーリックの居場所を知っていると言っているようなものだ。
「モーリックが消えた」
「ここではそんな事は日常茶飯事だぜ?」
「モーリックを回収するために流民街が灰燼に帰すかもしれないぞ?」
「穏やかじゃないねぇ。そうしたら俺も全力で止めるぜ?」
「ただの情報屋風情の仮面はどうした?」
「さあねぇ、どっかで忘れたかもしれないぜ?」
質問を質問で返す牽制を続けて徒に時間を消費する気は無い。
「そうか。なら次はその仮面を驚愕の表情に変えてやろう」
「何か考えがあるのかい?」
「流民が消えても不思議じゃない。だがモーリックは流民じゃない」
「……」
エリックの顔が一気に引き締まる。
「モーリックはデグラスの二級市民だ。ベルファの口からモーリックに何が起こったかデグラスのドワーフに知らされたらどうなるだろうな」
「ハーフドワーフだからってデグラスの人間かは分からん。良い嘘だとは思うが、証拠が無いとな」
「そう言うと思ってこれを持ってきた」
俺はガングフォールがラディアンドのドワーフ鍛冶ギルドに宛てた手紙を取り出す。封蝋がされてまま俺の『アイテムボックス』に眠っていた手紙だ。俺はこの手紙を渡そうと思ったが、モーリックが反対したので保留していた。
「封蝋は……本物か」
少し見ただけでそれが分かる男が流民街の情報屋は無理があり過ぎる。分かるが故に胃痛がエリックを襲う。俺の確認すら取らずに封蝋を破り手紙を読み出す。読み進めるたびに顔色が悪化する。
「ドワーフ語を読めたとは知らなかった」
「バカ。こいつは共通語だ」
俺が純粋に驚いたのに、実際は人間が使う共通語で書いてあった。
「ドワーフ同士の手紙と聞いていたが」
「ラディアンドでは共通語で無いと法的拘束力が無いからな」
となるとその手紙はラディアンドの司法すら巻き込みかねない爆弾か。胃に穴が開いたらシーナに治してもらうから安心しろ。
「俺はモーリックを回収出来ればそれで良い。他の問題には目を瞑る」
「……」
やはりこれでは弱いか。エリックにメリットが無い。そしてエリックの主人である辺境伯にメリットが無い。ブラック企業時代と同じく身銭を切るしかないか。ちょっと生き残れるか心配になるリスクを取る事になるが、エリックを転ばすにはこれしか思いつかない。
「この事実は辺境伯に不都合だ。ならデグラスに向かう俺に追っ手を差し向ければ良い」
「おい! 何言っているのか分かっているのか?」
「ハーフオークの件を知っているのは俺だけだ。上に報告せずに闇に葬れるチャンスを与えるんだ」
ラディアンドで死ねば辺境伯の問題だ。だが外で死ねば俺とベルファの責任だ。本来なら外で襲撃を成功させるのは困難だが、ベルファが居るから俺は獣道を通る事が出来ない。そうなるとデグラスに向かう際に使えるルートは2つ。追っ手を二組送るだけで俺とベルファに確実に届く。
「死ぬぞ?」
エリックが全力で凄む。
「辺境伯が追っ手を差し向けない事を期待するさ」
それに俺は笑顔で返す。
「好きにしろ。もうモーリックは手遅れだ」
そう言いながら羊皮紙に文字を書きなぐる。
「ここか」
「それを渡せばモーリックは返してもらえる。だがモーリックを連れて流民街を出られると思うなよ?」
「分かっているさ。モーリックは生きてここを出る事は無い」
最悪俺がモーリックを終わらせる。
「世話になった。また遊びに来るかもな」
「もう二度と来んな!」
エリックの憎まれ口を聞きながら俺はモーリックの捕らわれている場所に向かう。
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