105 冬至祭 シーナの祈り
「がはっ」
突然吐いた血が絨毯に掛かる。
ここは何処だ。俺はあの時死んだと思ったが?
右手で体を触ってみると胸にあるはずの大穴が無い。さきほど吐いた血もどうやら舌を強く噛み過ぎた結果みたいだ。
「どうかしましたか?」
「へあ!?」
俺は左からした声に驚き立ち上がろうとするもバランスを崩して尻持ちをつく。
「大丈夫ですか?」
「シーナなのか」
「はい、そうです」
シーナが不思議そうに俺を見る。
良く考えるとシーナはあの場に居なかった。ならあれは白昼夢だったのか? それだと体の痛みの説明がつかない。そう言えばルルブでは「神の試練」と言う特殊空間に召喚されるイベントがあったのを思い出す。そして俺は風の大精霊に呼ばれて敗北した。相手が相手なので簡単な勝ち負けでは計れないと思うが、俺の行動を思い返しても合格点を貰えそうな事はしてない。
「はぁ……」
ため息が出る。せめて努力賞程度は欲しかった。
「折角こんな素晴らしい所でお祈りが出来たのに溜息ですか?」
「そうか?」
俺が小聖堂に入った時より周りがくすんで見える。
「そうです」
そう言いながらシーナは突然服を脱ぎだす。
混乱する俺を他所にシーナは俺に背中を向ける。
「……」
ここで体を許すのか? 小聖堂で姦淫が神殿のサービスの一環の可能性は高いが、シーナがそんな事をするとは思えない。
なんと声を掛けたら良いんだ。これなら風の大精霊ともう一ラウンドの方がまだマシだ。
「どうぞ」
シーナがセミロングの髪の毛を両手で頭の上に持ち上げ、うなじを見せつける。
そして俺はそのうなじに犬歯を……
「……ぶねぇ!」
「ん?」
無意識でシーナのうなじに噛みつこうとしたが、シーナのヤバさが頭にフラッシュバックしてギリギリの所で正気に戻れた。
我を忘れるほどの吸血本能なんて初めて経験した。そしてその本能すら打ち負かすシーナの狂いっぷりに戦慄する。
「シーナ、説明を頼む」
とにかく人間同士は言葉を交わす所から始めないと駄目だ。シーナはシーナしか理解できない理論で動いているのはクロードの記憶から分かっている。彼女の説明で理解出来るか分からないが、少しでも時間を稼げれば俺に余裕が出来る。
「お祈りをしていたら『その者が光魔法を授ける』と声が聞こえました。宿屋での約束もありますし、もはや疑いません」
「おう……」
なんて言えば良いんだ? マジで神がシーナに語り掛けて来たのか? 風魔法なら理解できるが違う属性の光魔法を誰が言及したんだ。
「あ! 『迷惑を掛けた償い』とも言っていましたが、どういう事でしょう?」
「気にするな。俺に関する事だ」
迷惑は「神の試練」の事で間違いない。しかし風の大精霊が光の大精霊に話を付けたとは思えない。となると彼らの上司である秩序の神が直接動いたか? 前世のブラック企業で係長がミスをして社長が出て来たと聞いた事は無い。係長がミスを隠蔽するのは日常茶飯事だったが、第三者が出て来た事でこの線は消える。社長に話が行かない様に部長が勝手に色々手打ちした感じがする。それなら償いのピントがズレているどころか盛大なファンブルになっているのも理解が出来る。
それはそうとルルブでこの部長に相当しそうな神は誰だ? 分かれば来年の冬至祭で感謝のお祈りをするのだが、皆目見当がつかない。
「どんな声だった?」
一縷の望みに賭けてシーナに問う。
「忠誠的なお声でした」
駄目だ、ヒントにすらならない。
「まあ良い。時間が押している」
俺は会話を打ち切ってシーナの背中に手を当て「プロトブレイバー」を発動する。昨晩試した時は発動すらしなかったが、今回は抵抗も無くすんなり発動する。
***
名前 シーナ
種族 人間(15)
職業 町人3
位階 3/12
SP 2/ 7
職業スキル
町人
└03/10 祈祷
└03/10 掃除
個別スキル
生活系
└03/05 共通語
***
ルビーは良くこんなお荷物の面倒を見ていたと感心する。『町人』なんて特定職に適性が無い人間が付く滑り止めだ。『祈祷』スキルは完全な無駄スキルでしかない。しかし祈り続けたら『町人』レベルが上がり貴重なSPをドブに捨てる考え得る最悪の永久機関だ。せめて『礼拝』スキルなら宗教職に進む未来があったかもしれない。
「『光魔法』スキルを入れるぞ」
「はい」
シーナの声色から珍しく期待しているのが分かる。生きる事に絶望し宗教に狂ったシーナがただ一つ欲したスキルなら当然か。
俺はストックスキルから『光魔法』を選ぶ。途中で俺の貯めていたSPが減っており『ダンピール』レベルが大幅に上がっている事に気付く。シーナへの処置を中断しそうになるほどのショックを受けるが、考証は後で出来ると思い直す。神殿なら高レベルのダンピールを何らかの方法で見抜けるかもしれない。これ以上無駄な時間を掛けずに最速で撤退する!
「あ……ああ……」
誰かが聞き耳を立てていたら誤解する声をシーナがあげる。一気にスキルレベルを上げる危険性を知りながら気にせずフルスピードでやったのが間違いだったか?
「終わったぞ」
「今日、私が生を受けた理由を魂で理解しました」
全裸でトリップした目で宣言するシーナ。
「まずは服を着ろ」
「この事を神殿の皆さんと分かち合わないといけません」
「それはルビーに相談してからにしろ」
俺のスキルの事を一切話さずともシーナが急に『光魔法』に目覚めたと噂が立てば俺に注目が集まる。注目だけでも頭が痛いが、神殿が現状維持を重視するなら俺とシーナは不幸な事故に遭う。
「残念です」
幸い、ルビーの名前を出せばシーナの暴走を少しだけ遅らせられる。せめて冬至祭が終わるまでは誰にも話さないでくれ。
俺は未だ上気した顔のシーナの腕を引っ張りながら小聖堂を出る。道中何人かの神殿関係者が分かっている様な笑みを浮かべる。不味いな。
とにかく、神殿での祈りは俺の心と精神に多大な負担をかけて終わる。
体調が良いとは言えないが、リルが待っている廃屋に向かう。リルは今日中に救って見せる!
応援よろしくお願いします!