104 冬至祭 ヴァンパイア・ロード
次話からアッシュの物語に戻ります。
「貴様の様な不浄な存在がどうやってこの場にいる!?」
驚き慌てふためく風の大精霊を見上げる。神は人の事を理解出来ないし、人は神の事を理解出来ないと言われていたが、ここまで我と大精霊の間に認識の差があるのは驚嘆に値する。
「全ては貴様のおかげ(・・・)だ」
笑いながら長い犬歯を見せつける。まさか高位アンデッドであるヴァンパイア・ロードが風の大精霊の前で大啖呵を切るとは想像すら出来ないのだろう。我はアッシュの魂がクロードの体に入らなかった場合の可能性であり、「本来の歴史」で人類を滅ぼしたであろう存在だ。
クロードの魂が回収された時に我は不要として削ぎ落された憤怒と復讐の残滓だ。最初はクロードの体とアッシュの魂が馴染む接着剤の役目を期待されていると思っていた。いつしかアッシュに欠けていた「抗う意志」を無意識で担う様になった。そう言えば偶にアッシュ自身の怒りとシンクロし必要以上に攻撃的になる事があったな。そんな我だが、本来は表に出る事は無くアッシュの死後に無に帰る存在でしか無かった。
だが我にも想定外の例外が発生する。
我が立っているこの場所はアッシュが祈っている小聖堂に見えるが、実際は風の大精霊が作り出した精神世界だ。装飾品まで拘って再現している辺りは無駄な労力にしか思えない。あの名前すら呼ぶ気がないバカ女がいつの間にか居ない事に気付いていればアッシュでも気付けただろう。ここでアッシュは言わば精神体として風の大精霊と戦った。食らった攻撃は肉体では無く直接魂を削る。そして我は機械的に穴だらけになったアッシュの魂の隙間を埋めた。
気付けば我は立ち上がっていた。我は話も聞かずに攻撃されたアッシュの憤怒。我は善戦虚しく殺されたアッシュの復讐。何人たりとも我が憤怒と復讐は止められない!
「ならば貴様を滅するまで」
我を滅ぼさんと風の大精霊が攻撃を放つ。アッシュの時より数倍は威力がある風属性の刃が我の体に当たり素通りする。スキルは確かに使えない。だが身体能力はそのままだ。故にスキルに依存しないヴァンパイア・ロードの全能力が使える。
「無駄だ。貴様では我に勝てない」
「この神聖な場でそんな事はあり得ない!」
狼狽する風の大精霊は実に滑稽だ。
アッシュに不利に働いたこの小聖堂は我に有利に働く。小さな室内だからどんな突風が吹こうがこの部屋の外に風が流れることはない。我は全ての攻撃を肉体を霧状に変質させて素通りさせられる。これが何も無い野原みたいな戦場なら霧化した体を遠くに吹き飛ばされる可能性がある。
そしてこの場が神聖なら確かに我は立ち上がるのと同時に自滅している。風の大精霊ならそんな精神世界を作れるだろうし、作ったと思い込んでいるのかもしれない。だが、風の大精霊は小聖堂を再現し過ぎた。ここは相当な数の人間の欲望が渦巻く部屋だ。間違っても神聖ではない。
「貴様の第二の敗因はこの場所だ」
俺は風の大精霊に一歩近づいて言う。
「笑止! なれば私の力のみで倒す」
「来い! 我の拳はアッシュより痛いぞ」
我は決着をつけるべく駆け出す。風の大精霊はそれに合わせて放てる最強の風属性の攻撃を放つ。アッシュの体に大穴を開けた必殺の一撃は先ほどと同じように我の体を素通りする。相手の油断のし過ぎではないし、我の実力を見下しているわけでもない。これが風の大精霊の限界だ。
アッシュがいつも独り言で呟いている神の書の知識が無ければ我はこの真実にたどり着けなかった。風の天使は機械的に世界の風の運行を見守る。イレギュラー発生時の対応が「台風を放つ」以外無い。これは八属性の天使共通の問題点みたいだ。だが人に力を貸す頂上の存在と言うものはこんな感じで杓子定規の方が世界全体が安定するのだろう。
「捉えた!」
我の右腕が風の大精霊の顔にクリーンヒットする。その衝撃で風の大精霊は祭壇を破壊しながら壁にぶつかる。本来なら壁を貫通するほど強い攻撃だが、風の大精霊が作った精神世界には外が無い。
「うごぉ……バカな……」
「貴様の第三の敗因は選んだ戦術だ」
我は必死に立ち上がろうとする風の大精霊を見下す。本来は神々しい絶対者の姿をしているのだが、今は薄汚いゴブリン以下のゴミにしか見えない。その姿を見て我にはない憐憫の情が湧いたのではないかと錯覚する。
「終わりだ」
俺は右足で風の大精霊の頭を踏みつけ、床に押し付ける。ミシミシと音がするが構わない。
「私を滅ぼせばどうなるか……」
「分かっている」
「なら!」
「我の名はクロード・ゲイルリーフ。
風の大精霊の御名において貴様を滅ぼす」
「なん……だと」
「ゲイルリーフ一族500年の怒りと恨みを受けて滅びよ」
契約してから多くの苦難が続いた。それでも500年に渡り風の大精霊との契約を大事にして来た。だがあの継母が来た時に風の大精霊は何もしなかった。そしてゲイルリーフは滅びた。風の大精霊はその時に介入するか滅びるべきだった。アッシュが居るが故に風の大精霊はまだ存在している。
「なじぇ……」
「貴様の第一の敗因は祝福(呪い)の契約を破った事だ」
アッシュは神の書をまともに使いこなしていない。祝福の事を認識していても、それが双方向に有効だと思い至らない。人を呪わば穴二つ。風の大精霊がアッシュを殺す事によって祝福の契約を自ら反故にした。そして500年も続いた祝福が呪い返しとなり風の大精霊に致命傷を与えた。それがレベル14とレベル120の絶望的なステータス差を覆す。今の風の大精霊はレベル20相当で時間が経つごとに弱体化する。
我が自ら手を汚さずとも風の大精霊は零落しゴブリン程度のモンスターに成り果てる。ここで風の大精霊を滅ぼすのはゲイルリーフの名を持つ我のせめてもの慈悲。
「オオオオオオオ」
もはや叫びなのか呻きなのかも判別できない咆哮を上げる風の大精霊。
「なっ!?」
もう数秒足に力を籠めれば終わるところで我は優しい風に部屋の中央まで押し返される。
風の大精霊の最後の悪あがきか? そんな事はあり得ない。なら風の大精霊の精神世界に直接介入できる第三者か?
その者を探すために小聖堂を見渡す。
「君の怒りは正当だよ。でもここは僕に免じてここでやめてくれないか?」
いつの間にか中性的な姿をしている一人の青年が倒れている風の大精霊の横に立っている。どうやってそこに現れたのか皆目見当がつかない。しかしその神々しい姿は大精霊の範疇を軽く凌駕している。そして何よりその姿は神の書に描かれている邪神に瓜二つだ。
「まさか貴方様は!?」
何という事だ。この御方が直接介入してくるなど信じられない。
「クロードの魂を回収した時に会ったね。僕の力でアンデッド化した肉体を生者に戻した時に君が取り残されたんだね」
我に語り掛ける中庸の神から強い感情を感じられない。
「はっ、その通りでございます我が神よ!」
我は片膝を付きこの世界で唯一認める上位者に首を垂れる。良く考えるとアンデッドに信仰されては迷惑かもしれない。
「大袈裟だね。僕はこのままアッシュを見守りたい」
「アッシュの魂を修復したとして、アッシュのやる気が戻るかは分かりません」
このやる気が曲者だ。これだけは神の書を参照しても駄目だった。
「でも君だと人類を滅ぼすだろう?」
「間違いなく。憤怒と復讐しか残されていませんので」
我はアンデッドが持つ生者への憤怒と復讐に支配されるのは疑いようがない。
「分かった。修復とやる気は中庸の神が引き受ける」
中庸の神がそう言うのが早いか『ディヴァインリザレクション』でアッシュの魂が回復し出す。我がこんな感じで意識を保てるのはもう長くない。
「それは?」
我は最後に神々しい姿を取り戻した風の大精霊を一瞥する。
「安心して。償わせる。償わなければ零落するだけだし?」
恐縮する風の大精霊を見ながら我の意識はまた闇の中に沈む。また表に出るべき「復讐の時」が来るまでしばし眠ろう。
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