103 冬至祭 アッシュ死す!
人間の国であるユーグリン王国は南の帝国と同じ八属性の魔法体系を採用している。天光火地風水闇冥の八属性だ。そして属性に合わせた精霊が存在する。ルルブによれば魔法を使える者は精霊と何らかの契約を結ぶことで魔法を使えるようになる。俺がシーナに言った事だが、精霊に祈っても無駄だ。精霊を理解し、精霊と交渉し、精霊と契約して初めて魔法スキルを得られる。素質がある人間はここら辺を自動でこなせる。魔法を使う際にMPを供物として捧げる、と言うシステマティックな契約がこの世界にある。
だがより強い魔法を望むのなら上位の精霊との契約が必要になる。そしてそう言う契約は祝福と呼ばれ、個人では無く血筋との契約になる場合が多い。ユーグリン王家と天の大精霊との祝福、そしてゲイルリーフ家と風の大精霊の祝福などだ。ルビーも似た祝福を持っているが、火の大精霊では無い感じがする。侯爵家所縁ならドワーフが信仰する炎神が候補に挙がる。ルビーの件は今考えても仕方が無いか。
直近の問題として祭壇の前に存在している風の大精霊をどうするか。風が人型をした姿をしているが、それが本来の姿なのかは不明だ。ルルブによると本当の正体は風属性を操る天使だ。精霊と言うのは真っ赤な嘘だ。当時の人類の土着信仰を一神教に組み込む際に馴染みがない天使より精霊の方が理解されやすいとされた。魔法に長けた異種族であるエルフには精霊信仰がありエルフの魔法は精霊魔法と呼ばれているので、人間用の精霊がいても違和感はなかったのだろう。
ルルブに風の大精霊のエネミーデータは載っていなかったが、大精霊はレベル120前後と書いてあった。レベル差は絶望的だ。
だから出来れば平和的にお帰りいただきたい。しかし相手が攻撃を放つモーションを取ったので、これは駄目だと直感する。
「薄汚い盗人よ」
そう言いながら振るわれる風の刃を俺は横に跳びながら躱す。部屋の調度品を容赦なく切り裂くが、石造りの壁には線が入る程度だ。本来は降臨からの攻撃すら神々の条約で原則禁止となっている。そんな制約があるから壁を貫通するほどの攻撃は流石に不味いと思っているのだろう。
「待て、話を!」
「不要だ!!」
俺は必死に躱しながら話し合いに持ち込もうとするが、大精霊は聞く耳を持たない。
それよりまずい事に『跳躍』と『アイテムボックス』を始めとしたスキル群が一切使えない。
ステータス値依存の肉体性能はそのままだが、相手のステータスは低く見積もっても俺の倍はある。入って来た時の扉から逃げるか? それとも相手の降臨限界まで粘るか?
「ここからは逃げられん。大人しく滅されろ!」
「何ぃ!?」
俺が生き残れそうな方法は既に潰されていると見て間違いない。
なら出来る事は一つだけだ。
「諦めたか?」
「……倒す」
俺が躱すのを諦めたのを見て、大精霊は俺が諦めたと考えたみたいだ。前世の俺なら戦わずに諦めた。だがこの世界でそう簡単に諦める気にはなれない。友が出来た。家臣が出来た。全力を出さずにもう諦めはしない!
大丈夫だ。この数か月で何度も死地を経験して多少感覚が麻痺している。
せめて一発はぶん殴る。
「矮小なる人の身で私を倒せると思うか! その魂が二度と転生出来ない様に細切れにしてくれる!」
「窮鼠猫を嚙むってな!」
俺は相手に真っ直ぐ駆けだす。
「馬鹿め!」
風の刃が俺を滅多切りにする。それでも相手への最短距離を走る。
「軽い!」
大精霊の攻撃が風属性のためなのか、一撃一撃が軽い。スパッと手足が切られる攻撃なら俺は既に死んでいる。実際は一撃で2センチほど体が削られる感じだ。だから切断される前なら体は動くはずだ!
「寄るな下郎!」
大精霊の周りで風が球体状に纏まり付く。小型の台風みたいだ。
「うおおおおおお!!」
俺が左腕で繰り出したパンチと大精霊の攻撃が放たれたのはほぼ同時だ。
台風モドキの直撃で体がバラバラになりそうだ。
だが一歩、また一歩進む。
大精霊の顔が驚愕の色で染まる。
ポフッ……。
「たどり着いたぜ」
俺は弱弱しい笑みを浮かべて大精霊の腹にモーリック製の義手を当てる。『魔導鎧操縦』スキルが無くても義手は物理的に存在している。ドワーフが打ったアダマンタイトを含む特殊合金に地属性の魔導コアを持つこの義手なら風属性の攻撃に強い。俺は見るも無残な姿になっている気がするが、義手には傷一つない。
「……」
「これが人間の意地だ」
言葉を失う風の大精霊。
実際は一瞬だったろうが、俺には長時間静寂が続いた気がする。
「許さん!」
人間にしてやられた事が余程癪に障ったのか、相手は怒りを爆発させる。
強力な風属性の攻撃が来ると思ったら、俺の体は小聖堂の中央辺りで天井を見上げていた。
「はは……」
体の中心にデカい風穴が空いている。これは助からない。
祭壇から見下ろしている相手を見ようとするが、目が霞んで見えない。それどころか五感の感覚が無くなっている。
「やれるだけはやった……よな?」
誰かに問いかける。自分に言い聞かせているだけかもしれない。
「もう……疲れた」
この世界に来た当初に神に会えていたら今の扱いに激昂して喚き散らしていた。それが曲がりなりにも納得して消えられるのなら、この短い転生人生も悪くは無い。そう思いながら俺の意識は闇の中に落ちる。
「終わりだ」
勝手な勝利宣言を上げる風の大精霊をあざ笑う様に我は闇を纏い立ち上がる。
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