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102 冬至祭 神殿

 ユーグリン王国の宗教形態は二神教に分類される。至高神が率いる秩序勢力と邪神が率いる混沌勢力が永遠の戦いを繰り広げている。そして至高神は邪神との戦いに勝利するために異世界から勇者を召喚した。それがユーグリン王国が誕生した経緯であり、国王は代々勇者の血を色濃く引いている王家の者から選ばれる。


 俺の分かる範囲では至高神と秩序の神は同一神だ。だが邪神の方が分からない。500年前に世界を滅ぼそうとしたらしいが、邪神は混沌の神々に本当に含まれているのだろうか? ルルブの神話説明が何処までこの世界の神話と似通っているか不明だ。丸っきり違うのならもうちょっと割り切りやすいのだが、完全に別物には思えないほど似ている箇所がある。邪神はルルブのイラストではかなり中性的な美青年だったのは覚えているが、クロードの記憶にヒットする神は存在しない。


 他国である南の帝国は王国と同じ至高神を唯一神として祀っている変則一神教だ。その帝国は天孫降臨した初代皇帝に作られた初の人間の国であり歴代皇帝は至高神の子孫を自称している。それと同時に信じられない事に多神教であるエルフとドワーフの神々の存在を認めている。かつてオークの大攻勢で帝国が滅亡の淵に追いやられた時にエルフとドワーフが帝国と手を取り合いオークを追い返した事に由来する。実際には援軍のエルフとドワーフごとオークを撃退した事に対するお詫びが多大に含まれていると邪推する。


「ここがラディアンドで一番の神殿ですアッシュ


「そうか」


 この国の宗教形態を思いを馳せていたらシーナが日々祈りを捧げている神殿に到着する。シーナに案内されている俺はマックスから譲られたお古を着ている。何処から見ても貴族の青年にしか見えない。少なくてもマックスよりは遊歴中の騎士に見える。


 どうしてこうなったかと言うと、全ては昨晩の行動が原因だ。


 昨晩は打ち合わせのためにあの宿屋で一泊した。流民だと露見すると面倒なのでリルが4人部屋を借りて、俺とリルがそこに泊まった形にした。リルは一緒の部屋で寝たかったみたいだが、ルビー達の4人部屋に帰した。ルビー達の部屋には追加でベッドが一つあるので5人でこれまで暮らしていた。リルには「敵が夜襲を掛けて来た場合の保険」と言って追い出す事に成功した。クロードの体がまともな部屋で寝たのは10年ぶりだ。俺もブラック労働に追われずゆっくり眠れたのは数年ぶりだ。


 打ち合わせの結果、俺のダイアウルフの毛皮を売って必要な道具とポーション類をリルたちがかき集める事になった。俺も買い出しに行くつもりだったが、ルビーからストップが掛かった。買い出しはリルたちで出来るから、その時間で俺に神殿で祈る事を薦めて来た。俺が祈った結果、シーナが回復魔法を多く含む『光魔法』スキルを何らかの方法で得られたらリルの治療成功率が上がる。シーナが乗り気なのもあり、ルビーの正論に俺は頷くしかなかった。


 だが俺は知っている。俺が邪悪な存在なら神殿で祈れば神の力で滅ぼされるかもしれない。ルビーはそれを見極めるのが本命で、シーナの『光魔法』スキル取得は二の次だ。


 なので俺の方で保険をかけておいた。ヘンリーから貰ったハンカチを使って俺はコームグラス伯爵家所縁の男として神殿に行く事をルビーとシーナに認めさせた。田舎貴族のクロードは入った事が無いが、彼の記憶によると大きい神殿には貴族用の個室があるらしい。そこで祈るのなら神の力が振るわれても誰にも目撃されない。即死で無ければ逃げられるかもしれない。


「シーナ! この御方は?」


「ええと、貴族みたいな人です!」


 俺の姿を見て駆け寄って来る助祭にシーナが答える。俺が本物の貴族なら助祭は今頃心臓発作で倒れているだろう。


「シーナがとんだ失礼を!」


「良い。名をアッシュと言う。家名は明かせないが、宰相閣下からこれを預かっている」


 平謝りする助祭にヘンリーから貰ったハンカチを見せる。こういう場ならこれで十分身の証となる。


「これは! コームグラス伯爵家の!!」


「冬至祭なので神に祈ろうと思うのだが、何分ラディアンドの地理に詳しくない。そうしたらこのシーナが神殿なら任せてと言うので案内を頼んだ」


「えっへん!」


 なんでシーナが自信満々なんだ? 俺を神殿に引き摺り込んだので一日一善をやった気なのかもしれない。


「少ないが伯爵家からの寄進だ」


 俺はヘンリーから貰った資金の一部をコームグラス家名義で寄進する。こういう使い方ならヘンリーは文句を言うまい。モーリックの酒やリルの治療費もこれから出す事は出来たが、マックスとヘンリーの信用を裏切る様な気がして手を付けていなかった。


「コームグラス伯爵家に栄光あれ! 至高神のご加護がきっと降り注ぎましょう!」


「して、どこで祈りを捧げれば良い?」


「早速案内します。ちょうど貴族用の小聖堂が空いております」


「シーナもついて来い。貴様もそこで祈った事は無いのだろう?」


「良いのですか?」


 シーナが驚く。俺と一緒に祈ると言っていたのを忘れたか? それにルビーから俺が本当に祈るか監視しろとも言われているはずなんだが……。駄目だ。シーナの行動はゴブリンよりもはるかに読み辛い。手綱を握っていると自称するルビーはまだ失敗していないだけだ。


「まあ、良いでしょう」


 助祭が下卑た笑みを浮かべる。神に祈りながら腰を振ると思っているのだろう。そう言う理由が無いとシーナの様な女を連れ込む事はまずない。シーナは当然そんな事を考えもしない。ユーグリン国の初代国王は勇者と王母が冬至祭の最中に小聖堂で夜のプロレスをしたから産まれたと言う逸話があるから、小聖堂での淫行は王国公認と思う貴族が多い。王国の正統性を語る上で王母が小聖堂で妊娠した事が大事なんだが、大半の貴族は腰を振る正統性にしか興味が無い。


 助祭の先導でしばし人がほとんどいない通路を歩き、小さな部屋に案内される。貴族が少ない時間を選んできたのだから当然だ。誰かとすれ違うと後々面倒になりそうだから、このまま誰とも会わずに祈りを済まして早く帰りたい。


「ここです」


 部屋の中に踏み込むと、まず目につくのが金と銀で贅の限りを尽くした内装だ。悪趣味な部屋だが、前世の宗教も似たようなものだったと納得する。


「ラディアンドには信心深い方が多いですね」


 シーナが心の底からそう思って発言する。違うからな?


「ではごゆっくりどうぞ」


 それだけ言って助祭は外に行き扉を閉める。良し、これなら多少音がしても俺がシーナに乱暴しているとしか思われない。


「では祈りましょう」


 シーナが祭壇の前で片膝を付いて祈りだす。


「はぁ……」


 俺も片膝を付き祈る。


「グハァ!!」


 そして俺は反応する間もなく後ろにあった扉に強力な力で打ち付けられる。これほどの痛みは前世でトラックに轢かれた時以来だ。床にずり落ちる最中、何が起こったか確認するために顔を祭壇に向ける。そこにはちょっと逃げるのが難しいそうな存在が俺を睨んでいる。

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