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101 冬至祭 信じる狂気

 困った。シーナ視点だと俺ってただの他人だ。クロードなら孤児院の同期と言うカードがあるが、俺はクロードでは無い。シーナが何らかの方法で俺とクロードを結び付ければ別だが、シーナにそんな能力があればこんな事態になっていない。


「主君はシーナを疑って……ゴホッ……」


「全員の動きが把握され過ぎていた。内部の誰かが話した疑惑は強い」


 ルビーとリルはバカじゃない。メアだって腕だけは立つ。ここまで一方的にルビーが奴隷商人に追いつめられるのは本来あり得ない。首輪に遠視スクライで動きを把握されていた俺相手より有効な手を変数が多い町中で決めるなんて、相手はとんでもない化け物か内情を完全に把握していないと不可能だ。前者なら潔く諦める。俺が手を退けば相手も金にならないから深追いはしない。


「と言う事だ。シーナ、貴様は今日の予定を誰に話した?」


「え……」


 シーナは答えるべきか迷う。見ず知らずの俺の問いに答えないだけ俺のシーナ評価はクロードより高くなる。


「答えてあげて」


 ルビーが話して良いと言う。


「その司祭様と冬至祭の予定の打ち合わせはしました。お祈りに出られる日を調整しないといけませんから」


「調整?」


「今年の冬至祭では神殿で祈りたい人を案内する仕事をしています」


「その服でか?」


 流民街の立ちんぼの方がまだまともな布面積を誇っている様なボロ着を指さす。こんな服装で案内をさせたら神殿の品位が地に落ちる。


「ちゃんと襷は貰っています」


 一瞬「バカか」と言いそうになるが、思いとどまる。これがシーナの素だ。


「ゲホッ……シーナが案内するのは乞食と流民」


「ああ、なるほど」


 リルの捕捉でやっと理解する。誰もやりたくない仕事を神殿でチョロチョロしているシーナに押し付けたか。


 だが流民を案内すると言うことは今日踏み込んで来た奴らも居た可能性がある。


「皆さん、神へ一心不乱に祈っていました。貴方もどうです?」


「間に合っている」


「ならば私が代わりに祈りますね」


 100%善意で言っているから質が悪い。クロードの記憶ではこの女を蛇蝎の如き嫌っている理由が良く分かる。邪教徒である継母と本質は同一だ。「神に祈ればその日は良い日になる」と心の底から信じてる。盗賊に犯されようとモンスターに食い殺されそうと、事切れる最後の一瞬まで「良い日」である事を疑えない。孤児院の辛い毎日から逃げるためにシーナが自分自身で生み出した狂気だけに治療できるか皆目見当がつかない。俺の前世にシーナがいれば「聖女として火炙り」にされそうだ。


「案内をしている際に誰かから接触があったか?」


 司祭が流民と接触があったとは思えんが、その下ならどうだろう。


「ベントさんが手伝ってくれる事があります。優しい侍祭さんです」


「そいつが奴隷商人と接触してる……ゴホッ」


「なんだ、そこまで知っていたのか。尋問が無駄だったな」


 前世の俺の無宗教観とクロードの記憶の宗教絶許が合わさって司祭を色眼鏡で見ていたみたいだ。侍祭なら金欲しさに情報を売っていると仮定出来る。助祭に昇格するには金が必要だ。孤児一人の情報を売るだけなら良心の呵責はゼロに等しい。


「リル、人を疑ってはいけないと聖典に載っているでしょう!」


 シーナの発言で彼女をぶん殴らなかった俺は偉い。一瞬体の制御が利かなくなった時は本当に焦った。これがシーナの素だから治療不可だと自分に言い聞かせて落ち着く。


「シーナ、次に私とリルの予定を聞かれたら『聞いていない』と答えて」


「嘘は良くないよ?」


「嘘ではありません、無知です」


 ルビーとシーナのやり取りを冷めた目で見る。ルビーにはシーナを養う余裕が無い。それでも切り捨てられない。皮肉にもそれが俺と奴隷商人がルビーに付け入る隙となる。


「シーナ個人が裏切っていないと言うのならもう話す事は無い」


「私にはあります」


 シーナが会話を切り上げようとした俺を止める。


「何かな?」


「貴方の発言の真意です」


「魔法に関してなら言葉通りだ。『光魔法』スキルを望むのなら神を捨てろ」


「捨てません。私は祈り続けます」


「そうか。なら俺には何も……」


「ゴホッ」


 「何も出来ない」と言おうとしたらリルが咳き込む。偶然か? 偶然かもしれない。だがリルもまたシーナを見捨てたく無い一人だ。侍祭が黒だと調べ上げたのもシーナを信じていたからだ。哀れだな。シーナのために命を賭ける友が居るのに、シーナは友を見れない。ただ純粋なまま祈り続けるだけだ。


「一つだけ方法を知っている」


 裏技と伝えればシーナは拒否する。融通の利かなさは5人の中でぶっちぎりだ。


「聞いても?」


「シーナが神を信じる様に俺を無条件で信じる事だ」


 たぶん奴隷に落として強制的にスキルを付与した方が早く済む。ルビーとリルはそれを認めないから他の手を考える。


「貴方が大神殿で私と一緒に神に祈るのなら」


「良いだろう。神の奴を一発ぶん殴りたいと思っていたところだ」


「なんと不敬な! 神を恐れないのですか!?」


「俺が生きているのはその神の不始末だ。疑うのなら神を問いただせ」


「私から問うなどとても……」


「アッシュ、私のシーナを虐めないで。昔からシーナが嫌いなのを知っているけど、今日は度が過ぎます」


「それは済まなかった」


 ルビーの声でハッとする。怒りに任せて話し過ぎてしまった。


 だが良くわかった事がある。クロードの記憶はいつの間にかどうでも良くなっていた。俺はシーナが大嫌いだ。


 そんな純粋な祈りがあるのにどうして俺は前世で救われなかった? どうしてクロードは救われなかった? 俺とクロードがシーナに強く当たるのはそこから来る八つ当たりだと思う。分かった所でどうしようもない。俺の怒りは理性を凌駕する。


「ゲホッ……お傍に」


 襟を引っ張る感触と共にいつの間にかリルが隣に立っていた。


「そう……そうだな。俺にはリルがいる。それが大事なんだな」


 俺はリルの頭を撫でながら勝手に納得する。我ながら単純だ。


「ルビー、明日リルの治療をする。力を貸せ」


 だから死なせない。俺が『光魔法』を自分に付与してでも助ける。シーナは役に立たない祈りでもやっていろ。


「大丈夫なのですか?」


「主君を信じる……ゴホッ」


「はぁ、分かりました。段取りを詰めましょう」


 リルが折れないと見るや、ルビーは仕事モードに入る。ルビーのリルを助けたいと言う気持ちは俺に勝るとも劣らない。

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