100 冬至祭 後始末
100話達成!
「アッシュがメアに剣を貸したゴホッ」
リルが一言で説明してしまう。何か不機嫌そうだが、気のせいか?
「おお! あのドワーフどもの慌てようはルビーにも見せたかったぜ」
「そう」
ルビーは適当に聞き流す。いつもならもう少し取り繕うが、どうやら彼女にいつもの余裕は無いみたいだ。
「だがあいつら金を払えないってゴネたんだ!」
「有り得るな」
「そこでミリスが来てもう滅茶苦茶だよ!」
「私がどうかしたの?」
丁度その時ミリスが階段を上がって来た。下からは男の声が聞こえる。
衛兵が来たか。
孤児のミリスをナチュラルに捨て駒として2階に先行させたみたいだ。命じた衛兵も上がって来たミリスもそれが自然だから気付いていない。もし俺みたいな手練れが一人でも残っていたらミリスはここで死んでいた。それでなくても俺が追い払った男達数人が居ればミリスは無力化されていた。「せめてテレビで見たツーマンセルで来てくれ」と願うのは無理な注文みたいだ。
「あの衛兵野郎が……」
「しっ! 分隊長が下に居るんだ!」
ミリスがあの衛兵をこき下ろしそうになったメアを止める。
「ちっ! まあドワーフどもがゴネたんであいつが取り成して金貨5枚になった。そしてあいつが金貨3枚を迷惑料としてガメた」
衛兵が罰金刑を捏造して、その額を懐にしまうのは役得だ。だが5割以上も取るとは取り過ぎだ。ドワーフと孤児が相手なら衛兵の屯所は取り合わないと知っているから強気でいけたに違いない。
「ゲホッ……処す?」
「駄目! 駄目だから!」
リルの問いにミリスが必死に抗議する。
「止めておきましょう。私の言う事を聞いてくれるのなら、ですが」
ルビーはそう言いながら俺にを見る。もしかしてリルのこの発言は俺に対する問いかけか? そう言えば俺の取り分は金貨5枚だった。それが衛兵のせいで金貨1枚に減らされる。リルは主君のために衛兵を討つと言っていたのか!
「水に流せ」
「御意」
俺とリルのやり取りを不思議そうに見るメアとミリス。孤児院でずっと一緒に育ったリルの新しい一面を見て困惑しているのが手に取るようにわかる。ルビーも同じはずだが、彼女の反応は読めない。
「ミリス、衛兵に2階は無事だと伝えて頂戴」
「分かった! 死体が無いみたいだし問題無いね!」
「死体?」
ミリスの発言にメアが驚く。
「一人昏倒した男が遅れて逃げたの。仲間の安否を確認せずに逃げるなんて情けない押し込み強盗ね」
ルビーの説明を聞いてミリスとメアが納得する。実際に死体は無い。そして衛兵が見下している孤児が『アイテムボックス』を持っている可能性に思い当たる事は無い。
ミリスが下に降りたのを見計らって俺が問う。
「押し込み強盗で押し通すのか?」
「真実を追求すれば死ぬのは私。それともアッシュが全部倒すと言ってくれるの?」
「対価を払えるのならな」
ラディアンドに巣くう邪教徒とはいずれ殺し合う事になる。辺境伯個人は白かもしれないが、辺境伯家中の上位者に邪教徒がいる。俺がその者を始末すれば辺境伯は貴族の矜持に従って俺を討つ。無論その前にラディアンドから高跳びする予定だ! 辺境伯は俺を人の世界の縁から切り離した愚かな部下を精々呪うと良い。あれがラディアンドの市民なら血縁と地縁に雁字搦めにされてこんなに好きには動けない。
今回の一件が邪教徒絡みかは分からないが、流民街の残飯に邪教徒が完全にノータッチだと思えるほど俺は人類を信じていない。ルビーの一件に首を突っ込めばいずれ邪教徒が出てくる。前世のブラック企業で携わったヤバい案件には必ずバックに宗教勢力がいた。チャカを振り回す暴力団で済むうちはまだ安全、と会社の先輩が言っていた。そんな彼は東京湾で発見された際に腹をドスで刺された跡があったそうだ。彼が抜けた穴を埋めたのは俺だから、恨み言の一つや二つは許されると思う。
「ゴホッ主君」
「どうした?」
思考の海に沈んでいた俺をリルが呼び覚ます。
「衛兵が帰った」
「部屋を確認しろよ」
「ミリスが良い仕事をしてくれました」
「ああ金貨1枚……」
メアは頭を抱えて膝を付く。賄賂を渡して引き取ってもらったか。
「もう1枚はアッシュのですから」
「それは取っておけ」
「本当か! 返せって言っても遅いからな!」
「二言は無い。それより剣を返せ」
「お、おう。あのちょっと欠けたんだ」
「構わない。こいつを打った男に取ってはこの欠けも勲章だ」
モーリックなら実物があればこの剣がドワーフの剣相手に何処まで通じたか分かる。今までデグラス時代の記憶で頑張っていたんだろうが、やっと本来のライバル格と技術比較が出来る。確実に酒の次に喜ばれる。
「メアー! 片づけを手伝って!」
ミリスが下から大声で叫ぶ。
「ええ!? 分かった、今行く!」
ルビーが頷いた事を受けてメアは下に向かう。そして3人になったので俺はそそくさとモーリックの剣を『アイテムボックス』に入れる。
「お礼をしたいけど、この状況でね」
ルビーが肩をすくめながら言う。
「私が体で支払うゲホッ!」
「それは良いから」
「主君、約束」
「治療して体力を付けてからと言っただろう」
その件は覚えている。ブラック企業時代の失敗で、些細な会話の中でとんでもない口約束を気付かずして、延々とマウントを取られた記憶がフラッシュバックする。忘れてくれるまで引き延ばせるかな? 無理っぽい。俺の前世が敏腕サラリーマンで無かったことが悔やまれる。
「治療なんてそんな簡単に出来たら苦労しません! 私とシーナがどれだけ頑張ったか知っているでしょう?」
「クロードはルビーの努力は評価していた」
「何か含みがありません?」
「クロードはシーナが『光魔法』スキルを得られないのを知っていた」
「……」
流石のルビーでもこれは知りえない。幼少の頃に貴族教育を受けた者とそうでない者の知識量の差が如実に出る案件だからだ。そして情報収集が得意なリルでもたどり着けない。この真実が表向き語られることは無いから聞き耳を立てて情報を拾えない。
「この先永遠にシーナは『光魔法』を絶対に得られない」
それを黙っていたクロードをどう評価すべきか。シーナは成人して一年以内に死ぬと決めつけて優しさから黙っていたのか。それとも無駄な努力を繰り返すシーナを密かにあざ笑っていたのか。俺はクロードの記憶を持っていても、彼の生の感情に関しては殺意と復讐以外は何も感じられないからシーナに関しては確実な事を言えない。
立てかけてあるドアがガタッと動く。
「どういう事ですか?」
襲撃を聞いて急いで帰って来た風体のシーナが肩で息をしながら言う。タイミングが良過ぎる。司祭はグルと決め打ちしても良さそうだ。最初から司祭に近づく気は無いのでどっちでもいい。だがシーナはどうだ? ただのバカなのか、それとも彼女は既に裏切っているのか?
クロードの記憶が正しいのならルビーはそう言う裏切りを見抜くのに長けている。孤児院時代はそれで失敗しなかったのだろう。だが俺はアッシュになってからクロードの記憶にある貴族やマックスとの生の経験がある。それから言えることは一つ。「身内の裏切り」には超が付くほど鈍感だ。まるで洗脳されているかのように一度身内認定した人間が裏切る可能性を認識できない。そしてどうも上位貴族になるほどこの傾向は強いみたいだ。
ルビーの凶気を帯びたが如し身内への絶対的信頼は俺がルビーをかなりの上位貴族の出だと疑う要因になっている。ルビーは4人の配下を守るためなら何でもする。
「シーナ、それは……」
「魔法の本質は『理解』だ。祈りによる『信仰』は『理解』の真逆。即ち、祈れば祈るほど魔法スキルは得られない」
俺はルビーの声に遮ってシーナに残酷な真実を伝える。貴族が魔法を独占するために一般に広めた愚民化教育の一環だ。この時代で情報統制なんて無理だ。そこで宗教に絡めて、教義の一つとして広めた。魔法ギルドに所属している教師を幼い頃から雇える身分なら仮令この嘘を信じても魔法に対する理解が深まってスキルに至る。無論、クロードみたいに魔法の才能が乏しい貴族は存在している。クロードの場合は祝福の影響だから祈りが正解かもしれないトンチみたいな事態になっていた可能性はある。
「そんな……嘘よ……司祭様は……」
動揺するシーナを見ながらどうやった畳み込むか考える。本来はシーナを守るために牽制行動をするリルは今や俺の味方だ。リルがルビーと暗闘を繰り広げていなければ、ルビーは攻撃魔法の詠唱を完了して俺にぶつけるだろう。ルビーの思いを踏みにじっても今後のためにシーナの裏切りの度合いをここで見極める。
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