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001 赤信号とトラック

1月は毎日8時に更新します。


「早く家に帰って、次の卓ゲーのキャラを考えよう」


 ブラック企業に務めて10年。気付けばアラサーになった俺にはオンラインでの卓ゲーくらいしか憩いの場は残されていなかった。セッションで若い頃夢見た冒険を演じてこの糞ったれた現実から目を背ける日々。背けられたから10年仕事を続けられたのか、10年仕事を続けたから背けるしか無かったのか。もう俺にも分からない。


 しかしそんな事はどうでも良い。週末にはレベル0から始める新しい冒険が待っている。ゲームマスターから舞台の説明はあったので、それを基に活躍出来そうなキャラを考える。前回はウィザードだったが、最終決戦直前の中ボス戦で出て来たドラゴンに踏み潰されて死んだ。蘇生前にパーティーがキャンペーンをクリアしたために俺のウィザードはエピローグで一言触れられるだけの悲しい存在になってしまった。そうなると今回は頑丈は前衛職で行ってみよう。ドラゴンに踏まれても死なないタフなファイターなんか良さそうだ。


「あっ、信号が!」


 横断歩道にさしかかった俺の前に帰宅時の最大の難関が立ちはだかった。あの信号は一度赤になると青になるまで長い。どれくらい長いかと言うと深夜アニメのAパートが終わる程度には長い。ほとんど人気が無いこんな夜中に一人で信号が変わるのを待つのは辛い。走ろうと足に力を入れるも、思う様に前に進めない。昔ならダッシュで簡単に横断歩道を渡れたのに。そう思っている内に信号は無情にも赤になった。俺は大人しく信号が変わるのをまった。ジィージィーと音をたてながら点滅している街灯を見上げながら「早く青になれ」と願った。


「もう、最悪!」


「学祭の催し物に発注ミスがあったんだから仕方ないだろう? 夕方に間に合っただけ御の字だ」


 俺が待っている間に高校生二人が道路の反対側に来た。学生服からして近所では有名な進学校だと思う。無名高校出の俺には眩しすぎる。女は遠目からでも美少女と分かった。スポーツをやっているのか、髪の毛は短かった。制服をキッチリ着こなし、明らかな優等生タイプに見えた。ただ、鞄に付いているゆるキャラのミスマッチぶりが気になると言えば気になった。男には興味が湧かなかったが、180センチ前後で運動が得意そうだ。校則違反だが風紀委員がギリギリ見逃す程度のアレンジが加えらえれた制服を着ていた。それを許されるだけの男なんだろう。


「夕方ね。で、今は何時なのかしら?」


「9時……50分かなぁ……」


「10時よ! 10時!! お父さんになんて説明したら良いのよ!?」


「頑張れ!」


 学祭の準備で10時まで学校に居たのか。ノンストップで文句を言う女に男は生返事を繰り返した。俺は嫌な予感がした。相手が真剣に聞いていない状況を作って面倒な条件をねじ込む取引先の悪夢が鮮明に蘇った。「言質だけは取られるなよ?」といつの間にか男を応援していた。


「勇ちゃんと一緒に二人っきりで居たって言うから」


「待て! それは誤解を招くんじゃないか?」


「お父さんが金属バットを持って勇ちゃんの家に殴り込むくらいには?」


「ええ、それは勘弁してくれ」


 思った通りだ。ブラック企業歴10年を舐めるな! だがこれは虚しすぎる勝利だ。人目が無ければ四つん這いになって嘆いていた。高校生のやり取りを聞いただけで気分が沈んだ俺を慰めるかのように信号が青に変わった。


「勇ちゃん! 青! 青になったよ」


「良し、渡ろうぜ。こんな車が来ない横断歩道なんて気にしないで渡れば良いのに」


「駄目! ちゃんとルールは守らないと」


「はい、はい」


 二人組が歩き出した。少し遅れて俺も一歩踏み出した。そして誰も気付かなかったライトを消したトラックが横断歩道に突っ込んできた。


「危ない!」


 男が咄嗟に女を庇ったが、焼け石に水。俺は二人を見ながら「助からない」と確信した。それなのに一歩だけ踏み出したと思った俺は二人を弾き飛ばしていた。


 最後に、俺の意識が衝撃で吹き飛ぶ寸前に見えたのが驚く高校生二人の顔だった。


応援よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
和マンチじゃないからまあ酷いことにはならなさそう…
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