キャンプに行こう!
「キャンプに行くぞ!」
オカルトサークルにも色々な人物がいる。
キャンパーである川幸先輩もその一人であり、彼は時折、後輩をキャンプに誘って連れていくことがあった。
「すごい悪路ですね、先輩……」
川幸先輩にとっては可愛い後輩である英の言葉通り、最近できたキャンプ場に向かっているというのに道は全く整備されておらず、枝葉に車体を擦りながら進んでいた。
「う……」
気分を悪くしつつあった渡井は、トンネルに入る頃には眠っていた。
山の中を突っ切ったそのトンネルはめちゃくちゃ長く、俺は正直永遠に辿り着けないんじゃないかと思った。周りに他の車もいなくて不安だったのだ。
「ん? ……ついた?」
だが、渡井が目覚めた時にはとっくにトンネルを抜け、森の道を通りキャンプ場に着いていた。
「んじゃ、ちょっと受付行ってくるから周りでも見てな」
川幸先輩はそう言って、一つだけポツンとある綺麗なコテージに向かう。
「いやー空気がうまい!」
元気になった渡井は大きく伸びをする。
大きな山の麓にあるキャンプ場は砂利混じりの草原であり、すぐそこには川が流れている。そして、それ以外は見渡す限り森に囲まれていた。
「お前に空気の違いがわかるとは思わなかったよ」
「お? 俺を舐めてんのか?」
「やめてくださいよこんなとこで」
元気が出たのか、絡む英に嬉々として応戦する渡井に、俺は呆れた。何故、二人ともこんなテンションが高いのか。
普段、この二人はあまり近付かないし喋らないというのに。
「そりゃあここは女の子がいないからね」
「全くだ……こんなのびのびできるなんてな」
遠巻きに写真を撮られてしまうという遠い目の二人に、俺は嫉妬するよりも同情していた。
後から来た川幸先輩もしみじみと言った。
「イケメンも大変だな。まあ気晴らしになったのなら良かったよ」
車から荷物を引っ張り出してきて、いざテント設営、という時、川幸先輩はピシッと背筋を伸ばした。
「よし、全員、御山に敬礼!」
「「Yes, Sir!」」
「……え、え?」
絶好調な二人は川幸先輩に倣ってすぐそこの山に敬礼している。俺も慌てて見様見真似の敬礼をした。
「山ってのは怖いもんだ。常に敬意を持てよ。東雲」
「は、はい」
それから、テントを張った俺と渡井は散策を始める。英と川幸先輩は小川に釣り糸を垂らしていた。
「山ってのは良いな」
この山では山の幸の収穫も可能だ。
キノコやワラビなど、俺たちはいちいち歓声を上げながら収穫する。
調子に乗って採り過ぎた俺に、渡井は苦笑していた。
「しのくん、それほとんど毒キノコ」
「うえっ!?」
時折山の恐怖に冷や汗をかきながら、俺たちは獣道に出た。
渡井は山上に続く道を見て首を捻る。
「これは人間が作った道だ。向こうに石灯籠がある」
そう言って、彼はすいすいと登り始めた。俺も後を追う。
膝まで草が伸びる藪に足を突っ込みながら、虫除けスプレーして来て良かったと心から思った。
しばらく進むと、確かに苔むした古い石の置物が見えた。何か書いてあるようだが、掠れて読めない。
そしてその奥には、人ひとり入れるくらいの小さな鳥居があった。
「鳥居……神社ですか?」
「いや、どっちかというと祠だ」
渡井の後ろからひょこりと顔を出すと、紙垂の垂れた屋根付きの木の格子が見えた。
随分年代を感じるが、腐り落ちずに木が残っているのは奇跡ではなかろうか。
「こんな山奥に……」
「そりゃあ山神の祠だからな。よし、挨拶して帰るぞ」
その言葉に、狭い道に並んで手を合わせる。
一瞬、格子の中に何かが光ったような気がして、俺は見ないふりをして目を閉じた。
――お騒がせしてます。……あと採り過ぎましたごめんなさい。
願い事なんて烏滸がましいことはとてもできない。俺は、籠から食べない分を下ろした。
渡井は穏やかに笑っていた。
それから、特に変わったことはなかった。
山を降りると、ヤマメを釣り上げた二人が一足先に夕食の準備をしていた。香ばしい匂いに俺たちは思わず歓声を上げた。
「いやー良い山で採れるものは美味しいな」
「何でもかんでも美味い美味い言ってるやつが何を言うんだ」
「まあまあ、食べ物が美味いのは良いことじゃないか英。なあ、東雲?」
「そうですね……ヤマメもワラビも確かに美味いです」
こんな感じで、わいわいと過ごす夜は初めてだった。
俺は楽しくて、まあ浮かれて騒いで、気付いたら寝ていた。
だからか、めちゃくちゃ帰るのが惜しかった。楽しい時というのは本当にあっという間だ。
「また行こうな」
川幸先輩の言葉に二人の先輩も頷き、俺は後ろ髪を引かれつつ車に乗ったのだ。
「よく寝てたな、東雲」
先輩に運転させているのだから、と気を張っていた俺だったが、うっかり眠ってしまっていた。
気付けばもう市街地だ。30分もしないうちに最寄駅に着く。ちなみに、二人の先輩も寝ていた。
謝る俺に、先輩は気にするな、と笑う。
「いや、寝るのもわかるよ。めちゃくちゃ綺麗に整備されてたから振動もなかったし」
「行きとは違う道があったんですか?」
「いや。同じ道だ」
ぽかんとする俺に、彼は真面目な声で語った。
「あそこは多分、じきに潰れる」
「え……」
「知り合いが昨日、同じようにあそこに向かったが、トンネルが塞がれていて辿り着けなかったそうだ」
俺たちは確かにあのトンネルを通ったのに。
一本道だったし、他にも何組かいたのに……。
「あの山に何をしたんだろうな」
山には敬意を持てよ――。
「森の道は、山を迂回するルートしかなかった……トンネルなんてまず通らなかった」
俺の脳裏には、山神の祠が浮かんでいた。