トン、トン、トンカラトン
トン、トン、トンカラトン、トン、トン、トンカラトン……。
毎年恒例のオカルトサークルのイベント。俺たちはハロウィンに浮き足立つ街へ繰り出していた。
「トンカラトンって知ってる?」
陽気な太鼓がまさしく「トンカラトン」と響く中、英先輩は俺を見てそんなことを聞いてきた。
「都市伝説ですよね? トンカラトンと言えーって迫ってくるやつ」
「アバウトだなあ」
そう面白そうに言うその表情は、もう一人の先輩、渡井に似ている気がした。長過ぎる腐れ縁ともなると、似てくるのだろうか。
「まあ、僕もそのくらいのことしか知らなかったんだけどね」
よく俺のことを笑えたものである。
「小学校低学年の頃だったかな。渡井とハロウィンの仮装パーティーに行ったんだよね」
「へえ。何か仮装したんですか?」
「渡井は包帯男。僕はカエル」
カエルとは……なんだか不思議なチョイスである。
「親とか、大人もたくさんいてね。吸血鬼や狼男、魔女にやたら凝ったお姫様とか、まあ何人もモチーフ被ってる人がいたんだ。僕は誰とも被らなかったけど」
「……でしょうね」
「包帯男は、もう一人だけいたんだ。長い棒担いで、草臥れた包帯でぐるぐる巻きすぎて顔もよく見えない大人の誰か」
俺の頭には、ゲームなんかに登場するミイラが思い浮かぶ。
「『被らない衣装対決』してたから、僕は勝ったと思ったんだけどね。それ言ったら渡井が『俺は包帯男じゃない。トンカラトンだ』って怒ってた。その時の僕には何のことだかよくわからなかったけど」
トンカラトン。それは、日本刀を持った、包帯で顔をぐるぐる巻きにした男だと言う。
『トンカラトンと言え〜』
と自転車に乗って迫り、トンカラトンと言わなければ斬り殺されて、そいつの仲間になってしまうという。
「まあ確かに何故かおもちゃの剣持ってるなとは思ってたけど、そんなのわかるわけないよね」
「あの人、子供の頃からそんなコアなもの知ってたんですか……正直、渡井先輩以外わからないんじゃ?」
「さあ。大人はわかったんじゃないかな。昔の怪談系アニメでトンカラトンを扱ってたらしいから」
そんなリアル『トンカラトン』渡井はそれらしいことをしたのだろうか。
「あいつね。おもちゃの剣持って、『トンカラトンと言えー』って周りの大人に迫り始めたんだよ」
「……よくやりますね」
「そうだよね。でもハロウィンパーティってことで大人は多めに見てくれたし、それどころか皆ノリが良くてね。『トンカラトン』って言ってくれた。それで面白がって、僕もみんなも、トンカラトンと言えって言いまくった」
『トンカラトンと言え! トンカラトンと言え!』
「トンカラトンコールに囲まれた包帯男は所在なさげだったな」
同情を禁じ得ない。
脅かそうとしてきたらちっさいトンカラトン集団に囲まれたのだ。
「それから、その人は出て行っちゃって戻ってこなかったよ」
逃げたも同然だ。のこのこ戻れるわけがないだろう。
「その後何日かして、ニュースで、刃物で斬られた子が続出したってやってたんだ」
「……まさか」
「斬られた子全員が、包帯男にやられたって話してたらしいよ」
なんと言うことだ。
顔を見せないように包帯で隠した、計画的なものだろうか。はたまた、脅かそうとした子供に揶揄われた腹いせだろうか。
「ま、外国の事件なんだけどね」
俺の目が点になった。
「ん?」
「だから事件とパーティの包帯男は関係ない」
「ええ……」
気が抜けた俺を見て、英は肩を竦める。
「でも、僕はあの時のトンカラトンが犯人だって思い込んでたんだよ。それで親に聞いたり、渡井巻き込んで聞き込んだりして、ちょっと調べた」
トン、トン、トンカラトン、トン、トン、トンカラトン……。
太鼓は相変わらずリズミカルな軽い音を響かせているし、陽気なお化けたちは笑い転げてそこらを闊歩している。
そんな中、英の周囲だけは少し静かだ。
「誰も、あの人が誰なのか知らなかった」
「は、あ……でも、包帯のせいでわからなかったってだけで、誰かのお父さんとか……」
「あいつね。会場を出る時、僕の横を通ったんだよ」
その瞬間、視界の隅にちらりと草臥れた白いものが揺れて、俺は固まった。
英は気付かず話し続ける。
「トン、トン、トンカラトン。トン、トン、トンカラトン……ってずっと言いながら、ふらふら歩いてたんだ」
トン、トン、トンカラトン。
トン、トン、トンカラトン……。
「トンカラトンと言え」
俺は咄嗟にそう言った。英はキョトンとして、次いで笑い出す。
「トンカラトンと言えートンカラトンと言えー」
笑い溢れる賑やかな街に、俺の仮装の包帯が緩んで視界の隅で揺れていた。