幼き日々に
昔、俺は結構活発な子供だった。
みんなで肝試しするときも、率先して前を歩いていた記憶がある。俺含め、全員が怖くなかったわけではない。だが、それを表に出すのは恥ずかしいことだという空気があったのだ。
だから、行くのをやめようとは誰も言わなかった。
場所は、近所の寺の裏に広がる集合墓地。定番だが、そこは子供の発想だ。
「夜な夜な、女の人が歩いてるらしい……」
「いや、それより今日真っ黒い服の人たちがいたから、誰か死んで新しくここに……」
今思うと本当に不謹慎だ。当時の俺も流石に申し訳ないと思っていて、こっそりりんごを持ち込んでいた。お供え用だ。
「よし、じゃあ行くぞ」
俺は声が震えていなかったことに安心して、揚々と夜の墓場に入っていった。
虫も鳴かない静かな夜に、最初の勢いはすぐに消えていく。五、六人いたが、全員が押し黙って歩いていた。
「ひっ」
その引き攣った声もよく響き、俺は体が跳ねるのを感じた。
「ど、どうした……!」
俺の声は完全に裏返っていた。後ろで声を出した小柄な友達は、自分の口を押さえて涙目になっていた。もう一つの手は必死にすぐそこの墓石を指している。
「そ、そこでいま、なんか動いた」
――来たか。
俺は何だかよくわからないがそんなことを思い、そろりと墓の裏を覗こうと体を伸ばした。
「誰もいないぞ。……虫とかだろうな」
俺はそう結論付けて、また先へと歩き出した。その子はみんなの真ん中で、他の子にしがみつきながら歩いている。
――カラン……
今度は、俺が足を止めた。いくつか並んだ墓の向こうで、音が聞こえたのだ。
――カラン、カラン、カラコロ、カラン……
足音のように、一定の間隔で。たまに違う音も響かせながら、何かが動いている。
「これ、じいちゃんの下駄と同じ音……」
友達の言葉に、俺たちはそれが完全に足音であると認識してしまった。
それから、俺たちは動けなかった。ずっとその足音に耳を澄ましていた。
――こっちに来るな。来るな、来るなよ。
ずっと祈っていると、それが届いたのか足音は俺たちより先にどんどん進んでいって、やがて聞こえなくなった。
誰ともなく息を吐き、俺たちは顔を見合わせた。進むか、もう戻るか……俺は正直、もう帰りたかったが、そんなこと自分からは情けなくて言えなかった。
結局誰も、涙目だった子でさえもそんなこと言えなくて俺たちは進むことになった。
――あ……。
ぴたり、とまた足が止まる。今度は完全に足がすくんでいて、動きたくても動けなかった。
俺たちは先ほどから一言も発していない。だが、その声は俺たちの前から聞こえてきていた。
――うぅ……ぁ……。
息を呑む音が後ろから聞こえてきて、俺は奮起した。
「だ、だれだ!」
声を出すと、勢い付いたのか足が前に出た。懐中電灯をもっと先へと上げ、目を凝らした。
足に不釣り合いな大きな下駄。白っぽい着物。長めの黒髪を結んだ……狐面の子供。
「……くるな」
"耳元で"聞こえたその声に、俺たちの足は弾かれたように後ろへと駆け出していった。
ちっぽけなプライドなんてもうどうでも良くて、みんな半泣きでそれはもう必死に走った。
俺はもう心の中でめちゃくちゃ謝りまくってた。そして寺の門扉を出たあたりで、やっとカバンの中のリンゴの存在に気付いた。
しばらくどうしようか迷った。後ろを見ると何もいないが、このまま帰るのも気が引けてしまった……というより、呪われるのが怖かった。
みんなはもうまっしぐらにそれぞれの家の方へ走っていくのが見えたから、誰かを誘うのはもう無理だ。
結局、俺はまた走り出した。
狐の子がいたあたりには俺の家の墓もあったから、なんとなく場所はわかった。なるべく周りを見ないようにして、俺はその辺りのお墓に目星をつけて、りんごを置いた。
「すみませんでした!」
俺はまた引き返して、今度こそ家に帰った。
とっくにバレててしこたま怒られたし、次の日住職にまた滅茶苦茶怒られた。お墓に謝りに行ったら何故かりんごは置いてなかったけど、口に出せる状況じゃなかった。
その舞台裏が思わぬ形で判明したのが、大学に入ってから。
「俺、狐面被って下駄履いてスタンバイ」
「僕、影から囁く黒子」
「あんたらだったのか!」
思ったより世間は狭かった。
「覚えてる覚えてる」
「皆、良い反応だったからね」
葬儀の関係で当時の寺に泊まっていたという二人の先輩は、楽しそうに笑っていた。
「じゃりんごもあんたらが食ったんですか!?」
「は? りんご?」
「俺たち、脅かしてすぐ戻ったから知らないぞ」
同じ墓に備えられていた果物はそのままだったのに、何故あのりんごだけがなくなっていたのか、俺には未だにわからない。