探しものはなんですか?
その日、新聞を広げながらコーヒーを飲む渡井は朝食時のお父さん像そのものだった。そのまま目線もくれずに口を開く。
「なぁしのくん、知ってるか? とある駅前広場で、探し物を見つけてくるっていう変な男がいるんだが」
実際にはここは大学のラウンジで、俺は朝ごはんを食べる息子などではなく、空き時間を潰す一介の大学生に過ぎない。
そんな俺は「珍しい」と顔を上げた。
「へえ、なにそれ」
そう返事をしたのは俺ではなく、たまたま通りがかった英だったからだ。
よほど興味を惹かれたのだろう。ラウンジテーブルにそのまま座ってきた。
「どんな風に?」
新聞からやっと顔をこちらに向けた渡井も、なんとも不思議そうな顔をしていた。
「なんかどこかで見たことある、と誰もが思うような風貌の男が「探しものはなんですか」と声をかけてくるんだとか……なんだ、もしやお前も探しものか」
「別に。それで、見つけてくれるのか」
なんだかいつにも増してぶっきらぼうな返事だ。俺は内心、これは何かあると確信した。
そんな俺をよそに、渡井はさらにその噂の男について話し出す。
「ああ。ないと言えばそのままどっか行くし、あれば頭の上にころんと落として消えるらしい」
「具体的に、何を見つけたんだ?」
「えーと、確か……スマホ、ペン、パスケース、あとは傘だな」
傘が頭の上から降ってくるのは流石に危険だろう――そう言おうとした俺だが、喉から声が出かかった状態で止めた。
「パスケース……」
思わず、と言ったように漏れた声が聞こえたからだ。声の先を見ると、小さく俯いている。
――失くしたんですね、先輩。
顔を上げた英は、俺の生暖かい視線に気付いたのかバツが悪そうに口を開く。
「いや……普通に生きてる人じゃないのか? 例えば……」
英は、ひょいと俺のペンケースを取り上げた。
ポカンとする俺に向かって、調子を取り戻したのかしれっと言う。
「何か探しものはない?」
ほう、と渡井が息を吐く。そして少し得意げに言った。
「自作自演ってやつか。いやいや、それがな……」
そして少しばかり声を顰める。
「コンタクトを落とした、という人がいてな。そう言った瞬間、頭にペトリ、だ」
マジか、と俺はたまらず声を上げた。
「まさか、コンタクトを? それも一瞬で?」
そんな芸当ができるのか、と俺は羨ましく思いを馳せる。
そう、あれは一週間前のこと……
「全員、動くな!」
そう警察ばりに固い妹の声が響いた、と思った時、ダイニングに入ったばかりの俺の足の下で何かが「ぷち」と音を立てたのである……その後のことは思い出したくない。
さて、もちろんコンタクト探しなんて自作自演でどうにかできるはずがない。できるのなら神業と呼べるだろう。
「すごいだろ? まあコンタクト自身はもう使える状態じゃなかったらしいが」
「普通、路上にコンタクト落とした時点で普通は諦めない? それは尾ヒレってやつでしょう」
素直に認めるのは癪に触るらしく英は食い下がるが、その目には意外にも期待を感じる。
いつもなら、渡井がオススメして英が色々理由をつけて断るパターンなのだが……どうやら彼にとってパスケースがないのは死活問題なのだろう。
それに気付いているのかどうか、渡井はさらに言う。
「どうやら探し人もするようでな。『これは絶対に会える』と噂が広がり始めてる」
「なんか、そこまでいくと神様みたいですね」
俺の頭に浮かんでいるのは、縁結び神社だ。
渡井は小さく笑った。
「ちなみに、ふざけて神を探してるなんて言った奴がいるらしい」
「会えたんですか!?」
「その辺に捨てたレシートが降ってきたそうだ」
「……」
そんなカミ違いなギャグが本当にあったのか。
俺は呆れたが、しかし……確実に実物を持ってくるという点においては期待しても良いのではなかろうか。
「でもな英、そんな神様頼らない方がいい……少なくとも俺はごめんだ」
渡井は笑ったまま、吐き捨てた。俺は思わず眉根を寄せる。
これまた珍しいことなのだ。いつもなら、渡井は自分が見たいからという理由で英をそこまで連れて行くだろう。英が今回その気なのだから、間違いないと思ったのだが。
「その駅の改修工事が行われた時のこと……コンクリの中に、どこから入り込んだのか一人の女がのめり込んで固まっていた」
意味のわからない俺と英に向けて、渡井は黙って手元の新聞を出してきた。
『駅の基礎部分に子供の骨。鑑定の結果、駅構内で死亡していた女性の子供と判明――』
「ちょうど、女のいた真下だったそうだ」
その時の探しものは、子供か、あるいは――。
「……偶然だろそんなん」
そう呟いた英が後日、落とし物として届けられていたパスケースを握り「大学でよかった」と呟いていたのを俺は聞き逃さなかった。




