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山衣かぞえ唄【ふ】

「姉ちゃん、山に何があるのか知ってるのか?」

「……知らない。でもお願い、行かないで」

「何なんだよ突然。怜矢たちとさ、今夜ちょっとだけ……」

「ダメ!」


 ――あの時、あんな話聞かなければ良かったのだ。



* * * * * *


 大人たちは、その日になると何度も何度も、口を酸っぱくして子供たちに言い聞かせてきた。


「今日はお山に入っちゃダメだよ」


 しかし、それを言うと行きたくなるのが人というものだった。

 今まで何人の子供が、それを探しに行った親が山に入ったことだろう。……彼らはそのまま、帰ってこなかった。

 大人たちは何度も話し合った。そして決まった。


「今日から無期限で、入山を禁止する」


 山は危険が多過ぎて何人も亡くなってしまったのだ、ということだけを子供に伝えるようになったのだと――それから数十年、祭りの間の警備を強化することで、なんとか被害を出さずにいるらしい。

 私は、その話を聞いてしまった。本当に偶々だ。


「山に入ったら何が起こると思う?」


 本当に軽い気持ちで、私はそれを二人に話した。そして話した後から、二人が行ってしまったらどうしようかと思ってしまったのだ。……今思えば、あの頃の私は頭が軽かった。考えが足りないのだ。

 しかし、二人は首を傾げただけだった。「行きたい」などと言われなくて心底ホッとしたものだ。


「理由があるなら従うべきじゃないかな」

「そんな馬鹿なことで死にたくねえな」

「良かった! 二人ともいなくならないでね」

「りさちゃんもね」


 私たちは、それから日が暮れるまで遊んだ。

 日が暮れた後も二人と遊べるのだから、一旦別れる時も全然寂しくなかった。

 夜になって、私の家に来た二人の浴衣姿には感嘆したものだ。よく映えていた。


「二人とも、本当に似合ってるわ」


 私の父母も祖母も、果ては母に抱かれる弟までもが、興味津々とばかりに二人を凝視していた。

 華奢な子は、特に柄のない男物の浴衣なのに何故だか色っぽかった。悪戯っ子も、若草色の浴衣が色素の薄い彼によく似合っていた。


「りさちゃんも、その浴衣可愛いよ。似合ってるね」


 お気に入りの浴衣を綺麗な子に褒められるのはなんだか気恥ずかしくて、顔が熱くなった。


「……ありがとう。でもなんか複雑だよ」


 彼らの隣に並ぶ勇気は並大抵のものではないし、ましてや迷子にならないようにと手を握るなんて信じられないことだった。

 ひたすらに手汗が心配でモジモジしてしまい、後ろをついて来る父がニヤニヤと笑うのもまた小っ恥ずかしかった。


「い、行ってきます」


 熱が出ていて留守番と決められた弟は拗ねて泣きそうになっていた。それを見て、帰りにイチゴ飴でも買ってこようと決めた。


 だからだろうか。

 トイレに行く途中、弟より少し大きな子供が、露店の間をすり抜けていくのが目に付いた。


「金魚掬いは?」

「いやヨーヨー掬いだろ。金魚なんて持って帰って婆ちゃんに何て言えば良いんだ」

「育てて食べる」

「バカだろお前。……これ美味いのかな」


 二人の言葉に、父が首を振る。


「不味いからやめた方がいいよ」

「まさか食べたことあるんですか」


 誰も、男の子に気付いていなかった。


 ――見て見ぬふりを、しようか。


 迷ったのは一瞬だった。


「あの、弟を見ませんでしたか?」


 その声が、後ろから聞こえてしまったから。




 ――今頃お父さんたち、焦ってるだろうな。


 私はどこか冷めた目で自分たちの状況を見ていた。所謂、迷子である。


「れいくんたち、どこか行っちゃった……うぅ、ねえちゃん……」


 ぐずりだした男の子は、どうやら他の子を追いかけて来たらしい。そして、転んでしまって動けなくなっていた。

 早いところ、賑やかなあの祭りの空気に溶け込みたかった。しかし山の中に喧騒はつゆほども届かず、聞こえるのは男の子の啜り泣く声だけだった。


 ――虫の声すら、聞こえない。


 そのことに気付いた私は、背中がゾクゾクと粟立つのを感じていた。


「大丈夫、大丈夫。降って行けば、山は抜けられるから……」


 ――そう、そうだ。ここは山だ。道なんてなくとも、とにかく下へ下へと向かえば良いのだ。


 私は勤めて楽観的に言った。男の子も、ぎゅっと私の手を握って頷いた。そして、私の背におぶさった。

 ただでさえ人の踏み入らない真っ暗な山道だ。転ばないように、慎重に一歩踏み出した。


 ゆっくりゆっくりと、休みながら進んでいたが、やがてそうも言ってられなくなった。


「お唄が聞こえる」

 

 私の背で、その男の子が言った。

 耳を澄ませても、私には聞こえなかった。


「……どんな唄?」

「ひーのふーの、みー?」


 何の唄だかわからなかった。頭の良いあの二人ならわかったかもしれないが、この場に二人はいない。

 血の気がサーっと引くのがわかった。強張ったのがわかったのか、男の子もぎゅっと腕に力を込めた。


「だ、大丈夫。大丈夫だから……」


 そう、言い聞かせて一歩踏み出した。



* * * * * *


 ――トイレに行って、そのまま消えたらしい。


 大人たちは半分諦めの顔で、必死に山に向かおうとする人々を羽交締めにしていた。


「被害者が増えるくらいなら、もう……」


 その呟きに、これまでひっそりと押し殺されていた言葉が爆発する。


「そんな! 彰人は!?」

「そもそも何で山に入れたんだ!? 警備は何をしていた!」


 大人たちの罵詈雑言に、子供の名をを呼ぶ声はかき消された。


「何故……何故()()今日に限って山に入りおった!」

「他の子の保護者を呼べ! 子供たちを家に帰せ!」

「他の場所にいないか探すんだ!」




 弟が見つかったのは、翌朝だった。

 山の麓に転がって眠っていたのを、山へ侵入を試みた友人たちが見つけた。


「……あのお姉ちゃんは?」


 一緒にいたという女の子は、帰ってこなかった。


 私は後悔している。弟にあのことを話さなければ、要らぬ好奇心を起こさなかった。弟を助けてくれた女の子が、消えることはなかった……。

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