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夢の痕は引き攣れて【前】

 運転すること約2時間。

 目的地に近付くほど明るい街から離れ、あたりはすっかり夜の山中。カーナビには施設や建物の名前も何も、表示すら出ない。


「肝試しにはぴったりですね」


 そこは、塀に囲まれた工場のような廃墟だった。入り口の柵は完全に壊れていて侵入し放題だ。

 最奥に聳えるのは、丸くて太い煙突らしきものが何本が突き出た、工場のような建物だ。その手前には、事務所なのか小さなプレハブ小屋がちんまりと佇んでいる。


「適当に車止めちゃって良いぞ」

「はーい」


 入り口の手前で車を降り、懐中電灯を点ける。

 朧に隠れた月光では、足元を照らすには心許なかった。


「完全に電気も落ちてるんだね。山の中とはいえ、街からそこまで離れてるわけでもないから浮浪者なんかも入ってきてそう」


 そう言われると、目の届かないちょっとした隙間なんかが目に付く。

 光の届かない物陰、すりガラスの向こうに広がる闇に、ヒビが入って崩れるように空いた壁穴……確かに、誰かが潜んでいてもおかしくはなかった。


「なんかの工場だったんですか?」


 俺は少しばかり怖気付いたのを隠すべく、渡井に向かって口を開く。


「ここらは地熱発電所……として利用するはずだった設備だ」


 具体的にどんなものがあるのか全くわからないが、なんとなく危険なものが置いてありそうだ。


「実際は利用されなかったってこと?」

「その通り」

「じゃ(いわ)くが付いたのは建設途中だったんですか?」

「噂程度だがな。建物はほぼできたが、工事は止まったらしいんだ」


 そう言って、渡井は人差し指を立てた。


「一つ目。地主と揉めに揉めて撤退せざるを得なくなった説」


 中指が加わる。


「二つ目。建設が進んでたのは昭和時代で、戦争の波が来ておじゃんになったって説」


 そして、薬指が加わり、彼はニヤリと笑った。


「三つ目が、事故が起こったって説だ。地熱発電ってのは地下の熱、蒸気を利用するんだが、それらの通り道になるパイプラインが壊れた。結果、吹き出した200℃もの蒸気に襲われ作業員が亡くなった」

「おお……」


 最も()()()()()話だ。俺の頭には、熱で原型を留めなくなった人間らしきものがそこらを跋扈する光景が浮かぶ。


「1か2。あるいはそれらが絡んだ複合的な要員があったんだろうね」


 そっけない英の言葉に、人間の成れの果てが頭の中で萎んでいった。

 渡井は肩を竦めるに止める。


「まあそれはそれとして、ここでは人影を見たり、自分たちではない第三者の足音や男の声が聞こえると言う話だ。火傷を負った作業員が、未だに彷徨ってる……のかもしれないってな」

「この発電所の中で、ですか」


 そう。あの丸い煙突の生えた建物はもうすぐ目前だった。

 せっかく作られたというのにこれが煙を吐くことはないのだと思うと、少しばかり切ない気持ちになる。


「そういうこと。じゃ、行こうか」


 渡井は、大きな建物に見合わない小さなドアノブを回した。




 中は、なんというか劣化が激しかった。


 建物に入ってすぐの真っ暗な廊下は、壁が崩れて表面が凸凹だ。途中にある部屋の扉は、過去の侵入者の仕業か、鍵が壊されている。


「やっぱり荒らされてるね」


 英が照らしたその部屋は、作業員たちの支度部屋だろうか。ロッカーの残骸の中に酒缶やタバコの吸い殻が投げ入れられているのが見て取れた。

 入ってみると、食べ物でも捨てられたのか少し臭う。虫みたいな黒い粒も飛んでいて、耳元でゾワっとする羽音がして俺は身を震わせた。


 ――俺、参上!

 ――Welcome to Hell


 ふと目を向けた壁には芸術的な落書きも残されていた。廃墟にはよくあることだが、不良が溜まり場にしていたのは間違い無いだろう。


 渡井の方は、床を見て「うへえ」と言わんばかりに顔を歪めていた。


「あのシミ、多分ゲロだぞ」

「うへえ」


 思わず声が漏れたところで、俺たちは元の通路に戻ろうとした……のだが。


「……」


 立ち止まる英の後ろで、俺も渡井も顔にハテナを浮かべる。

 何事か……口を開こうとしたその時だった。


 キシ


「……っ」


 随分遠くから聞こえたようだが、その軋んだ音は嫌に耳に付いてしまう。俺は思わず息を呑んだ。


「今の、足音っぽかったな」


 渡井にも聞こえたらしい。それを聞いて、英が振り向いた。


「足音以外、なんか聞こえた?」

「なんかってなんだ?」

「低い……僕らと違う、男の声みたいな」


 俺には聞こえなかった。渡井も同様で、俺たちは顔を見合わせる。


「どこからよ?」

「……多分、あっち」


 そう英が指差した先は、通路のさらに奥。


「へえ。面白くなってきたじゃん」


 実に楽しげな渡井の一言で、俺たちはまた通路に出た。




 通路の一番奥には、頑丈そうな仰々しい大扉があった。


「この先に、諸々の機械があるのかな」

「そうじゃないか? 例のパイプラインも……もしかしたら()()もな」


 建て付けが悪いのか、3人がかりでやっと開いたその空間は、予想通り――ではなかった。


「えー……なんもねえ」


 そこには、伽藍堂なだだっ広い空間しかなかった。誰もいないどころか、物すらろくに置いていない。

 これには3人とも呆気に取られた。


「撤去されたんでしょうか」

「この建物、これじゃただの箱だね」


 しげしげとあたりを照らし見ていた渡井はボソリと呟く。


「……随分と無理矢理取ってったな」


 その言葉に渡井の見る方に視線を向ける。すると、力づくで切ったように断面がボロボロになったパイプが壁から顔をのぞかせていた。

 当然のように蒸気も何も吹き出すことはないが、少なくとも、ちゃんとした手順を踏まずに回収されたには違いない。


「とっくに大本が塞がれたのか、工事がそこまで進まなかったのか……これじゃわからないね」

「全く、ここまで何もないと拍子抜けだな」

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