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ツンデレの言うことには

「アンタなんか嫌いよ!」


 勉強、井戸端会議、サークル活動――いつも賑やかなラウンジが静まり返った。


「最低の気分だわ」


 その捨て台詞と共に、長い髪を翻した女は出口へカツカツと歩いていく。

 取り残された男はびしょ濡れで、紙コップ片手に呆然としていた。

 気不味い空気の中、ざわめきは少しずつ戻っていく。誰もが、男をチラチラと見ながら何事だったのかと口々に話していた。


 そして最も気不味かったのは、男のいたテーブルの隣で駄弁っていた俺と渡井である。


「どうぞ」


 タオルを差し出した渡井に、その人はハッとして頭を下げた。


「すみません……」

「いえ」


 タオルを受け取ったその人は少しだけ笑った。

 無理矢理笑ったような、自嘲するような笑みだ。


「僕、慣れてるんで」

「慣れてる? ……水かけられるのに?」


 渡井が不思議そうに言った。

 俺も不思議だった。俺が言うのもなんだが、顔立ちは決して悪くない。

 性格も穏やかそうだ。実際、先程の会話の中身こそ聞いてはいないが、女性がヒートアップしていくのに対して終始宥めるように話していた。


「僕、昔から女の人に嫌われるんです」

「……女の人だけなんですか?」


 俺は何となく気になった。


「はい。どうも、僕はさっぱり女心がわからないみたいで……」


 困ったような顔で、その人は顎を伝う水を拭いた。


「もしかして、何か言ったんですか?」

「うーん……そう言われると、何が悪かったのかわからないんですよね」


 本気で首を捻っている。

 それを見て、渡井が聞いた。


「でも付き合ってたんでしょ?」

「ええ。最初はあちらから声をかけてきたんです」


 それがああなるのか……女心と秋の空とはまさしくこのことだろう。


「ということは、最初は仲良かった。それから態度が変わったのはいつから?」

「いつでしょうかね……それもよくわかりません。これまでも何人か付き合った子はいましたが、皆段々とこう……余所余所しくなっていくんです」


 その人は諦めたように首を振った。

 ということは、言動の端々から女性を傷つける何かが滲んでいるのだろうか。ここで話している限りでは全くわからないが。


「家族の……例えば母親とかは何か言ってない?」


 渡井の言う通り、女性家族なら原因がわかるかもしれない。


「いや、母親も姉も、特に何も……最初に付き合った子は姉の友達だったんですけど、姉が聞いてもなんで嫌われたのかわからないみたいで……」

「変だな」


 渡井はますます首を傾げてしまった。


「家族以外の女友達は?」

「いませんね。幼馴染にすら睨まれますし……そういえばこの間LIN○の友達になった子も、いつの間にかトークルームから消えてましたね」


 なんだか話を聞いてる俺の方が悲しくなってくる。


「……じゃ代わりに俺と友達になろう。うんそうしよう」


 渡井もそう思ったのだろうが、同情して友達になるのはどうなのだろう。

 ちらりとそんなことを思ってしまった俺だが、その人はキョトンとしたまま、渡井に流されてスマホを取り出した。


「あ、僕、鏑木と言います。……まさかこんなんで渡井君と友達になるとは」

「俺のこと知ってるの?」

「ミヤが……幼馴染が貴方のこと話してたから。多分、女子の間で貴方と、あと英君は有名ですよ」

「ミヤさんとは話をするんですか?」


 ポロリと聞いた俺の言葉に頷く鏑木に、首を傾げた。


「近所だし、ミヤのお母さんに頼まれて一緒に帰るんです。大抵俺のこと無視するけど、たまに話すんです。貴方と同学年だからって、比べられてはため息付かれてる」


 全く、とばかりにため息をついて、彼は渡井を見た。


「いっそ僕も、貴方みたいな顔に生まれてたらそんなことにはならなかったんでしょうか……」

「こんな顔だったら多分誰かと付き合おうなんて気が起こらないぞ。あと、タメでいい。同学年なんだろう」

「すみません。これが素なんです」


 申し訳なさそうな鏑木は、言葉とは裏腹に渡井を僻んでいるようには見えない。


「まあ、貴方は貴方で、僕は僕ですから」


 なかなかさっぱりした人だ。

 鏑木は渡井から受け取ったスマホを鞄にしまうと、何か言いかける渡井に先んじて口を開けた。


「貴方の連絡先は誰にも教えませんから、安心してください」


 察しが良い。渡井は黙って笑った。

 その人も、ここへ来てやっと気分が解れたのか、気が抜けたように笑った。


「これ、洗って返します」

「別に良いぞ」


 鏑木は頑なに首を振って、鞄にタオルをしまっていた。


「……おい、鏑木」


 突然の低い女の声に、俺たちはふと目を向ける。

 背の低い女子が、鏑木を冷たい目で睨みつけるように立っていた。


「ああミヤ。……では、今日は帰ります。ありがとうございました」

「ちっ……あーあ。なんでアンタなんかと」


 彼女がミヤか。確かに彼は嫌われているらしい。

 ミヤは舌打ちすると、鏑木を置いて先に歩いて行ってしまう。鏑木は急ぎ彼女を追って行った。


「あれは多分……」


 何か言いかけた渡井の方に視線を向けた俺だったが、急いでこちらに来る足音にまた、ラウンジ入り口を見る。

 英だ。真剣な顔でまっすぐ歩いてくる。


「何? 今の人」


 開口一番、彼は俺たちにそう聞いてきた。


「……なんだか外堀埋められてそうな俺の友達」

「「え?」」


 俺と英の声が揃う。

 渡井がさっきの話を説明すると、英も合点がいったように頷き、次いで微妙な顔をした。


「……それはもう逃げられないね」

「?」


 俺だけ、何も分かっていない。


「ミヤって子、俺と鏑木を比べてたって言う割には俺のこと見てなかった」

「……確かに」


 興味がないふりをしながらも渡井をチラチラ見ている子はいるが、彼女は少しばかり俺たちに目を向けただけだった。


「それで、嫌っているのに態々声をかけにくるなんておかしいだろ」

「本当は嫌ってない……つまりツンデレってことですか!?」


 英は苦笑して首を振った。


「そう言えれば良いんだけどね。そりゃあ他の女の子が気分悪くなるはずだよ」


 それを聞いて、渡井は嫌そうな顔をする。


「まさかとは思ったが、やっぱり鏑木が嫌われるように仕組んでるのか?」

「ええ!?」


 拗らせてツンデレどころじゃなくなっている。

 仰天する俺は、二人が去って行った方を見て腰を浮かせた。

 何とかして知らせた方が良いと思ったのだ。


「意図してるわけじゃないと思うから何言っても無駄だよ」

「そうなのか?」


 渡井はまだ怪訝そうだ。

 そして英はげんなりとため息をついた。


「あの人の頭上に、ミヤって子と同じ顔が浮かんでるんだ……般若みたいな顔で、周りの女の子に『アンタなんか消えてしまえ』って」

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