定員オーバーです。幽霊さん
俺は免許を取った。
「じゃどっか行こうぜ」
と言ったのは大学の先輩、渡井。
「無難に、近くの〇〇山あたりを回るのが良いんじゃない?」
と言ったのはもう一人の先輩、英。
俺の返答を待たず、プチドライブが決定した瞬間だった。
初心者としてはめちゃくちゃ不安だが、腹を括るしかない。親に車を借りて、夜という何とも言えない時間に車に乗った。
「この時間帯なら、自損事故で済むからね」
「……殺しちゃったらごめんなさい」
俺にはそんな情けないことしか言えない。
助手席の英は笑った。
「大丈夫。渡井の運転だったらまず死ぬから」
何が大丈夫なのか。そして何故渡井は照れているのか。
「まあまあ、気楽にな」
「うう……はい」
しかし、意外とすぐに慣れた。誰も通る人がいないのが精神的に幸いだった。
「あっそこ……」
英の言葉に、俺はすぐに不安になる。
「ど、どうしたんですか?」
「ごめん。あんまり来たくないところに来ちゃったね」
「え?」
英の苦笑いに、俺はやっと今いる場所に気付いた。
調子に乗って狭い道に挑戦するつもりで曲がってみたのだが、ひたすらに山を登る道に入ってしまったのだ。
この道はUターンができない。しばらく山を登るしかなかった。そして、その先には霊園があった。
「うわ……すみません」
「まあなんとかなるだろ」
気楽そうな渡井がいると、謎の安心感がある。
だが、その渡井はいつの間にか眠ってしまった。
「こいつ……」
「ま、まあまあ……」
英を宥めながら、俺は霊園に向かっていた。霊園前ならば、大きな駐車スペースがあったはずなのだ。
その通り、開けた場所に出て俺はホッとした。
ちゃんと街灯があって明るい。それに、霊園の管理人室にも灯が灯っていた。
「ええっと……」
方向転換の手順をぶつぶつ言いながら、俺は一旦駐車スペースに車を入れる。
やや曲がったが、誰もいないのだから気に留めることもない。俺は発車しようとして……体が跳ねた。
「東雲くん」
英に肩を掴まれたのだ。
「誰かいる」
――コンコン。
英の言葉と同時に、窓ガラスが叩かれる。
こんな夜中に、こんな場所で、一体誰だというのか……俺は不気味で仕方ないが、恐る恐る横を見る。
そこにいたのは、綺麗な女の人だった。
俺は警戒しつつもそっと窓を開けた。
「あ、すみません。でも、こんな夜中に渡りに船だと思って……」
そう言ったその人は、申し訳なさそうに俺を見ていた。
「どうしたんですか?」
「あの、私、そこの管理人に用があったのですが、暗くなってきてしまい……タクシー呼ぼうと思ったところにあなた方が来たので、乗せてもらえないかと……」
一言一言が申し訳なさそうで、尻すぼみになっていく。
――こ、これは、幽霊が乗ってくるという!?
「あの、一応私お化けじゃないです」
心を読んだような言葉に、俺はどう返答したものか考えあぐねて英を見る。
英は少し硬い顔で、一つ頷いた。
「あ、どうぞ。後ろが空いて……」
いや、渡井がいた。後部座席占領して寝ていた。
英が呆れて後ろに回り、乱暴に体を起こす。渡井は全く目覚めなかった。
「……助手席でよければどうぞ」
その人は助かった、と笑う。俺はドキッとしながらも、助手席に座ったのを確認して発車した。
「御三方は何故こんなところに?」
「ああ……」
「彼が運転初心者なので、練習がてらこんなところまで来てしまったんです」
英が目線で「集中しろ」と伝えてくる。
「あら。そうだったんですか。てっきり肝試しかと……」
「もしや、それで声をかけてきたんですか?」
「……ええ。ごめんなさい。最近、そういうのが多くて。だから管理人があそこに常駐するようになったんです」
怪しんでいたのは俺たちばかりではなかったようだ。まあそれもそうだろう。
「ところで、こんな時間に管理人に何の用事があったんですか?」
「食料の備蓄が尽きていたのを忘れてたんですよ。あの人車を持ってないし、ハイキングがてら届けたらこんな時間になってしまって」
歩いたら1時間はかかるだろう。なかなかの健脚だ。
当たり障りないことを話しつつ麓に着くと、女の人はすぐそこのコンビニまでで良いと言った。
「本当に良いんですか?」
「ええ。ありがとうございました」
ぺこり、と頭を下げてその人はドアを開ける。
「お礼がてら、一つ忠告です」
真っ直ぐに、俺たちを見ていた。
「夜にあの場所に行く時、四人乗りの車ならなるべく四人の方が良いですよ。特に、あなた方のお好きな肝試しなら」
では、と頭を下げてその人は歩いて行った。
「……肝試しが好きだなんて、一言も言ってませんよね」
「言ってないね」
「……なんだったんでしょう」
「さあね」
英は険しい顔のままだ。
「でもあそこの管理人、ついこの間亡くなってるんだよね」
「そ、それって……」
「彼女じゃないことは確かだけど。それに助かったのも確かだよ。最初、彼女の向こうに管理人がいたんだ」
今この瞬間、俺は運転中でなくて良かったと心の底から思った。
「車のない管理人は、他人の車に乗ろうとしたんだろうね」




