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血塗れマリー

2024/9/22 文章を修正。

少々不快な表現あり。食事中の方注意。

 とある日の午後、俺は大学の先輩二人に呼び出された。場所は、二人のうち渡井の家である。


「よく来てくれた。しのくん」

「どうも……汚れてもいい格好で来いってありましたけど、何をするんですか?」


 俺は挨拶もそこそこにそう聞いていた。

 アパートの一室は前に来た時と変わりはなく、物は綺麗に整頓されている……いや、何か違う。

 俺の目線は、異様な存在感を放つ二つの紙袋を捉えた。


「そ、それは……まさか……」


 予想はしていた。日にち的に予想はしていたのだが、頭がなかなか受け入れてはくれない。

 渡井は悪戯っぽく笑って言った。


「ハッピーバレンタイン、しのくん」

「俺には何の関係もないんだが!?」


 今年の俺の成果は母親からの一個である。なんなら、俺には作ってくれなかった妹から、この二人宛のチョコを預かった立場である。

 何が悲しくて他人宛の紙袋いっぱいのチョコの消費を手伝わなくてはならないのだろうか。


「しのくん。一人より二人、二人より三人、だろ?」

「はあ?」


 理解が追いつかず頭が真っ白になった俺に向かって、もう一人の先輩、(はなぶさ)は優しげな笑みで、俺にチョコではなくゴミ袋を手渡す。


「準備と最後の後片付けを手伝って欲しいんだよ」


 といっても、食べ物で遊んだり、無闇に捨てるわけではないらしい。

 俺は言われるがままゴミ袋を切って広げて、先輩二人の持ち上げるローテーブルの下に敷いていく。大体床一面を覆った辺りでストップがかかった。


「もう良いだろ」

「そうだね……じゃあ、やろうか」


 何故か、二人とも半透明の雨合羽を見に纏い、ゴーグルをつけて、さらに渡井がテーブルの前に座る。英は紙袋を手にその隣にスタンバイした。

 ちなみにそのローテーブル、段ボールが敷かれた上に平な発泡スチロールが何段も積まれ、俺はとても反応に困った。


「なぁしのくん。汚れたくなかったら離れてろよ」

「え、と……?」


 何だか良くわからない俺は仕方なく、台所まで避難する。


「はい」


 パンパンの紙袋から、手作りと思われる可愛らしいラッピングが施されたチョコ……おそらくガナッシュが出てきた。

 渡井は、目の前に置かれたそれを「美味しそう」とただじっと見ている。


「オッケー。はい次ね」


 英はそれを空の紙袋に詰めると、また違う小袋を机に置く。渡井は気楽そうにそれを見ているだけだ。

 ……しばらくそれを繰り返し、俺は良い加減、何を見せられているのだと怒鳴りたくなった。下手すると、俺への当て付けにも見えてくる。

 そう、声をあげようとしたその時、渡井がついに動いた。

 それは、可愛らしい紙袋だった。募る思い故か、中身はパンパンに詰まっているらしい。それを見た瞬間に表情の消えた渡井は、すっと左手を上げる。


「へ? か、金槌……?」


 それは真っ直ぐに……躊躇いなくその小袋に振り下ろされた。

 潰れた袋から、押し出されたカラフルな中身がポップコーンの如く飛び出してくる。そのうち一つが、俺の足元まで飛んできた。


 ――丸くて黄色い、可愛らしいマカロン。


 俺は呆然と、無表情の渡井が一つ一つ潰していくのを見ているしかできなかった。マカロンの欠片やクリームがゴミ袋の上に散らばっていく。


「思ったよりクリーム飛んだね……東雲くん、ふきん追加で濡らしてきてくれる?」


 英は慣れているらしい。俺は無言で濡らしたふきんを手にリビングへ戻る。と、渡井が先ほどまで俺の足元にあった黄色いマカロンを容赦なく潰すところであった。


「渡井先輩……?」


 声をかけても、渡井はろくすっぽ返事もしない。ただひたすらに次のマカロンを探しては潰していく。


「今、そいつに声かけても無駄だよ」


 そう言った英に、黙ってふきんを渡す。


「ごめんね東雲くん。でも……良く見れば、わかるんじゃないかな」


 そう言った英に渡された、クリーム付きの欠片をマジマジと見てみる。もったいないから食べてしまおうかと思ったのだが……。


「……」


 俺は、ビニールの上にそれを転がした。


「おまじないってわかるかな。お菓子を作る時の。……あいつ、長年の経験かこういうことには鼻が効くんだよね。霊感ナシのくせにさ」


 ――聞きたくなかった。


 それからも、出てくるお菓子の実に三分の一が渡井の手によって粉砕されていった。


 ――ビニールできるだけ広げておいてよかった……。


 哀れにも処刑されていくお菓子を見て麻痺した頭には、そんなことしか浮かばなかった。




 結果として、無事なチョコは三人で食べることになった。妹のチョコは二人とも喜んで食べてくれて良かった。


『パンがなければお菓子を食べれば良いじゃない』


 ――パンが溢れる現代で、あんなお菓子は死んでもいらない。


 それからというものの、バレンタインの季節になるとこの出来事が脳裏に蘇るのだが、あの、妙に光沢のある赤いものを飛び散らせたお菓子部屋の惨状だけは、努めて思い出さないようにしている。

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