1日目(大side)
彼女をつくったことはない、そう伝えた時、満は一瞬嬉しそうな顔をして、すぐ後悔したような顔をした。
何を後悔したのかは俺には分からないけど、もし満がまだ俺のことを好きでいてくれて、俺が死ぬ前に会いに行かなかったことを後悔してくれているなら、なんて自分に都合がいいことばかり考えてしまう。
「満は?彼氏とかいないの?」
「うん…」
「そっか。満は美人だからすぐ新しい彼氏出来ると思ったんだけどなぁ。」
おどけて言うと満は少しショックを受けているように見えた。
「満?」
「…あ、いや、ほら、同級生って言っても2つも下だし。なかなかねぇ。」
「まぁ、そうだよな。」
黙りこむ満。会話が止まってしまう。昔はこんなこと無かった。
付き合っていた時は何でも満に伝えたくて、通学中に見た面白いおじさんのこと、前日の晩、月がとても綺麗だったこと、特に意味のないことまで全部満に話していた。満も俺には何でも話してくれた。二人でいる時は会話が途切れることが無かったし、ずっと笑っていられた。
「…ねぇ」
何か話題を、と必死で頭を回転させていた俺に満は言う。
「大は今でも私のこと好き?」
満のことは今でも大好きだ。別れたことを後悔していた。会いたい、話したい、笑いあいたい。ずっと願っていた。
「…ううん。好きじゃない。」
けど、俺は会いに行かなかった。満が他の男と笑いあっている姿を見るのが怖くて。そして、死んでしまった。
今、満を幸せに出来るのは俺じゃない。生きている誰かだ。死んでしまった俺に満を幸せにする力はない。
だから嘘をつく。
「俺は満が好きじゃないよ。ただ、死ぬ間際、ギクシャクして別れた元カノがどんな風に暮らしてるのかが気になっただけ。」
うつむく満。
やっぱり、満は俺のことを好きでいてくれてたんだろう。
昔、満は「私のこと好き?」って俺に聞いてくることが多かった。それは「大のことが好きだよ。」っていう言葉の裏返し。分かってる。そんな素直じゃないところも好きだった。
「…そっか。」
「うん。だから満はちゃんと彼氏作んないとダメだぞ。じゃないと安心して成仏も出来ない。」
少し笑って冗談のように言ってみる。
「…じゃあ、ずっと彼氏作んない。」
満の呟きは聞こえていたけど、聞こえないふりをした。
俺は満に幸せになってほしい。笑っていてほしい。たとえ俺が隣にいなかったとしても。
「ねぇ、また会いに来てくれる?」
満が俺をまっすぐ見つめて言う。少し瞳が揺れているように見えた。
答えられない。また会いたい。けど、俺の存在はきっと邪魔になる。
「明日、また同じ時間に会いに来てよ。」
答えない俺に満は言う。
「待ってるから。大が来なかったら大学にも行かないから。明日、必修の授業あるけど大が来なかったらそれも休むから。」
相変わらず強引。
「…わかったよ。」
「約束だよ。」
「…うん。」
少し晴れやかに笑う満。
あぁ、やっぱりこの笑顔が好きだ。
明日、明日で最後だ。
明日、満に会ってそれを最後にしよう。
「じゃあ、着替えるから出ていって。」
冗談めかしに満が言う。
「じゃあ、また明日な。」
俺は精一杯の笑顔でそう言って、満の前から姿を消した。