勇者マルディスの死霊をくっつけて、ネリウスがやってきた。
始まりの勇者アクストの死体をジュエル帝国の神殿に行き、盗むはずだったのだが、それを決行する前に、ニゲル帝国の勇者、ネリウス・ロイドが、ディオン皇太子のいるマディニア王国の王宮へ訪ねてきた。
ディオン皇太子が王宮の広間でネリウスと再会する。
彼は黒竜魔王を100名にも渡る人数で倒す時に、とても役立ってくれた勇者なのだ。
しかし、今回は彼は背に、変な物をくっつけていた。
そう、フードを被った骸骨である。そいつが右肩から顔を覗かせていて。
昼間だというのに、そいつははっきりと見えて、ディオン皇太子がその骸骨の顔を見ると、
ギロリと瞳が無いのに、憎悪の雰囲気を強くかもしだしてきて。おそらく睨んでいるのだろう。
ディオン皇太子がネリウスに尋ねる。
「何だ?ネリウス。何で骸骨を背負っているんだ?」
「ああ、こいつか…何とかしてほしくてな。ずっとくっついているんだ。
俺が犯してぶっ殺した元勇者の死霊だ。」
「はぁ?今、耳が確かなら犯してぶっ殺したって聞こえたが。」
「ああ、まさにその通りの事を言ったんだが。」
「きさま…。元から軽蔑の対象だったが、今、決定した。俺に何とかしろだと?
自業自得と言う話だろうが。一生、こいつをくっつけてろ。」
「ディオン。お前、俺に借りがあるよな。黒竜魔王討伐を手伝ったんだ。
その借りを返せよ。」
ネリウスが文句を言えば、ディオン皇太子は腰の聖剣に手をかけて、
「ここで叩き切ってやってもいいんだぞ。」
「てめぇ。恩を仇で返すつもりか?」
ネリウスと睨み合っていて、ふと、神イルグに言われた事を思い出した。
- 勇者マルディス。 魔王ネリウスに犯し殺された気の毒な死霊じゃ。今はネリウスがニゲル帝国の勇者になっとる。ワシが無理やり、任命したがのう。マルディスの魂を救ってやって欲しい。 -
え?それじゃもしかして、この死霊が勇者マルディスなのか??
魂を救うってどうやってこの憎しみをネリウスに対して燃やしている勇者マルディスを救えって言うんだ??
ディオン皇太子は困ってしまった。
そこへ、スーティリアが魔法陣を展開して現れた。
「スーティリアにお任せよーー。ってあら、ネリウスだったっけ?何、引っ付けてるの?」
「あ、スーティリア。勇者マルディスの死霊だ。犯して殺したら恨まれてな。」
「ああああー。自業自得ってもんじゃないーー。」
スーティリアはディオン皇太子に、
「ディオン皇太子殿下はどうしたいって言うの?」
「ああ…勇者の魂を救わねばならない。勇者マルディス。どうしたら救えるのか。」
「それなら私に任せてー。」
スーティリアは死霊のマルディスに近づいて。
「こんにちは。私はスーティリア。こんな男の背にくっついていたって、つまんないよ。
ねぇねぇ。私と楽しい事しようよ。」
すると、骸骨の死霊、マルディスはキリキリと骸骨の手で、ネリウスの首を絞めつけて。
「俺はこいつを許せない。だから、こいつに憑いているんだ。邪魔するな。」
「だからぁ。つまんないでしょ。憎しみを持ったままじゃ…」
そう言うと、マルディスの首根っこをスーティリアは掴んで、ネリウスから引き離す。
ガシャっと音を立てて、地に放り出されるマルディス。
スーティリアはマジマジとマルディスの顔を見つめて。
「ふむふむ。人間の顔に戻したら、まぁまぁ綺麗な男じゃない。私が面倒見てあげるから、
その礼として、今度の王宮の夜会、私をエスコートして頂戴。」
「誰がお前なんかに。」
スーティリアはマルディスに抱き着いた。
「へぇ。お前なんかにねぇ…このまま、粉々にしてもいいんだよーー。」
ギリギリと抱き締めた腕の力を入れる。
マルディスは苦しそうに、
「解った。解ったから…」
「宜しい。それじゃ…元の姿に戻してあげるから。」
魔法を唱えれば、マルディスは人間の姿に変身した。
顔が綺麗な男で、ファルナード系の美男子だ。
スーティリアは、マルディスと腕を組んで。
「そういう訳で。勇者マルディスは私に頂戴。」
ディオン皇太子は困ったように、
「いや、頂戴って…やりとりするような話なのか?」
ネリウスはハハハと笑って、
「いやはや有難い。この死霊と縁が切れて助かった。それじゃ俺はこれで。」
「ちょっと待ったっ。」
ディオン皇太子はネリウスの襟首を掴む。
「この鬼畜が。このまま帰るつもりか?」
「いや、俺はもう用事は終わったし、帰らないと。店の看板男だしな。」
「何が看板男だ。マルディスに謝れ。お前がぶっ殺したんだろう?」
ネリウスは反論する。
「俺が魔王の時に、倒しに来た勇者をぶっ殺して何が悪い。おめおめと殺されてたまるか。返り討ちにしてやったまでだ。」
ディオン皇太子はネリウスの胸倉を掴んで。
「お前だって勇者だろう?ニゲル帝国の。だったら、少しは人の気持ちを考えろ。
犯し殺された?どれだけマルディスが苦しんだと思うんだ。俺だって一生、お前を呪って
恨むぞ。謝れ。マルディスに謝らないと、この聖剣で叩き斬る。」
ネリウスはディオン皇太子の剣幕に諦めたように、
「すまなかった。マルディス。お前に酷い事をして。この通りだ。謝る。」
マルディスは首を振って。
「本当に謝っているのか???それに、お前の謝罪を受ける気はない。お前への憎しみは一生、消えない。俺はお前を憎む為にここに存在している死霊だ。」
スーティリアがマルディスに向かって。
「だからぁ。私と楽しい事をしようよ。つまんないよーー。憎むだけの人生なんてさ。」
「俺は死んでいるんだ。死霊なんだ。」
その時、奥の部屋からセシリア皇太子妃が現れて、
「話は聞いておりましたわ。マルディス様。ねぇ、ディオン様。マルディス様の聖剣、神イルグ様から貰ったのでしょう。差し上げたらどうかしら。」
「あ、そうだったな。お前の聖剣。預かっている。」
「俺の聖剣…殺された時に、どこかへ消えてしまった…。俺の聖剣…」
黒に金色の装飾が施されている中位の剣をディオン皇太子が奥の部屋から持ってきて、
聖剣をマルディスに手渡す。
マルディスは聖剣を抱き締めて。
「ああ…俺の聖剣だ…。俺は…まだ勇者でいていいのか…」
ディオン皇太子がマルディスの肩をポンと叩いて。
「勿論。聖剣が存在しているという事は、お前は勇者だ。マルディス。」
「有難う。」
マルディスは涙を流す。
スーティリアが、マルディスの事を任せてと言うので、しばらくスーティリアに預ける事にした。
彼の魂を救う事が出来るといいのだが。
ネリウスに、ディオン皇太子は、
「今度、お前の悪評を聞いたら容赦はしない。覚えておけ。」
「へいへい。それじゃ、俺は帰るからな。」
ネリウスは魔法陣を展開して消えてしまった。
ディオン皇太子は思った。
魔王から勇者になったネリウス。時には残虐な彼の魂も救ってやらねばならない。
もっと、人の気持ちが解る男になればいいが…
まだまだ問題は山積みだ。
セシリア皇太子妃はディオン皇太子に寄り添って。
「あまり思い悩むと、お身体によくありませんわ。」
「ああ、有難う。セシリア。気遣ってくれて。」
王宮の広間に夕日が差し込む。
まだまだ走らねばならないと思うディオン皇太子であった。